仙台市に住む紘子さんが、秋田県のとある温泉へ旅行した折の体験談である。
ここには、自然研究路という散策路がある。
すさまじい勢いで噴き出す源泉、含有成分で黄色くなった岩、立ち込める蒸気と硫黄の匂いに地球の息吹を感じられることで人気のスポットである。
彼氏の手を取り歩いていた紘子さんは、前方から向かってくる観光客が妙に気になった。
一組のカップルにどうにも違和感を覚えて仕方がないのだ。
見たところ、六十歳前後のようだ。
ポロシャツの襟を立て、セカンドバッグを抱えた男性。
ベージュのサブリナパンツに純白のトップスをまとった女性。
確かに湯治場からは少し浮いた、あたかも歓楽街にいるような格好ではある。しかし、もっと派手な身なりの人も他にいると言うのに、何故かその二人が気になった。
カップルはどんどん近付いてきて、やがて紘子さんたちとすれ違った。
余りじろじろ見るのは失礼だとは思いながらも、どうしても目が行ってしまう。
どうやら違和感の原因は、女性のほうにあるようだ。
立ち止まり、振り返ってはなおも見てしまう。
あっ!紘子さんは出かかった声を何とか飲み込んだ。
女性の腕が、そして腰が透けているのだ。
身体の向こうにある、散策路の柵や噴き出す蒸気がそのまま見えている。
「おい、何やってるんだ。行くよ?」
立ち尽くす紘子さんに、彼氏が訝しげに声を掛けた。
それでもなお、後ろ髪を引かれるように紘子さんは半分透けた女性に目を奪われ続けた。
「顔も、足もちゃんとあるんですよ。それなのに腕と腰が透けていて。あれは幽霊なんでしょうか。でも、男性とは普通に会話をしていたように見えました」
そう、紘子さんは語った。
難病にすら効くと言われるその温泉の湯だが、身体が透ける病にも効くのだろうか。