弘前大学入学を機に、和江さんは居を北海道から青森へ移した。
今も昔も弘前大学の近くには下宿が犇めき合っている。
和江さんは大学まで自転車で十五分ほどの距離にある下宿に住んでいた。
下宿に隣接した家に管理人一家が住んでいて、管理人はお願いすると安価で朝ごはんと夕ご飯を作ってくれた。
学年こそバラバラだったが、すぐに住人同士で仲良くなり、概ね下宿での生活には良い思い出しかない。
厭な思い出は夜、下宿と中心街を繋ぐ道にあった。
下宿から大学に向けては小さな飲み屋街やコンビニがあったのだが、弘前の中心街に向かう道中は街灯も少なく、やけにカーブが多い。
嘘か本当か、自転車と車の追突事故で亡くなった学生が過去にいると大学で噂があった。亡くなった女性が出るとか出ないとか、そんな噂だった。
和江さんは演劇サークルに所属していた。
二年生に上がった後のある日、学園祭で披露する朗読劇の練習が遅くまであり、練習終わりに皆で先輩の行きつけのパブに行こうという話になった。
それではということで集団で駐輪場に向かい、一斉に中心街に向けてペダルを漕いだ。
若者特有の自由さで、車道を十台以上の自転車が埋める。
午後八時か九時か、とにかく大学周りの車通りがまばらになった頃の裏道だ。時折遠くにヘッドライトが見えたときに路側帯に寄ればいい。
ガヤガヤとお喋りをしながら、皆で進んだ。
「やー、ここ怖いー」
サークル仲間の一人がおどけた口調でそう言った。
その道に差し掛かると、決まって女子がそんなことを言うのだ。
その言葉に反応した、「わっ!」とわざと大声を出すのは決まって男子で、そのときもそんな一連があったことを和江さんは覚えている。
楽しい時間を長引かせようと意識が働いたのだろう、何となく皆が皆ゆっくりと自転車を漕いでいた。
「車ぁ」
先頭を走っていた先輩が後ろに向けて声を上げた。
「はぁい」
和江さんを含む後方の連中は素直に路側帯に寄り、道を空けた。
「あれ?何が変でね?何か変じゃない? 」
「どうなっちゅうんだっけ? どうなってるのかな? 」
皆で前方を確認し、ボソボソとその異常について口にした。
車道の前方からゆっくりこちらに近付く光の様子がおかしいのだ。
小さな光が幾つもあり、右へ左へ揺れながらこちらに向かってくる。
車道いっぱいに小さい光があり、それは次第に大きくなっていく。
「自転車?自転車の集団じゃないの?うちらみたいな」
誰かがそう言い、「ああー」と納得の声が応えた。
噂のせいで、勝手に別の何かだと誤解していたことを和江さんは恥じた。
にしても、何だか変だ。
自転車と言われれば確かにそう見えるのだが、変だった。
光と光が時折交差し、上下にも動きがあるように見える。
しかし、気のせいなのだろう。そんな動きをする訳がないのだ。
そして、光がいよいよ近付いた。
「ええ?」
確かに自転車の集団だった。
「ええーー」
自転車には若い女性が乗っていた。
全ての自転車に。
同じ顔の女性が。
乗っていた。
皆で道路脇に寄っていたので、それらとはすれ違ったに過ぎない。
存外、叫びを上げるものはいなかった。
ただ、響めきだけが起きた。
不思議なもので、パブに到着して初めて皆であの自転車について話し合った。
皆で見たのだから、やはり見たままが事実なのだろうと合意し、何杯か酒が入ってからのカラオケは、これまた存外盛り上がったそうだ。