鏡台(宮城県仙台市) | コワイハナシ47

鏡台(宮城県仙台市)

今は独身になった工藤さんの体験談である。

その昔、夫と仙台市内の社宅に住んでいた頃の話だという。

「おい、何で夕べは助けてくれなかったんだ」

起きてくるや否や、御主人が工藤さんに詰め寄った。

何があったのと訊けば、こんなことを話し始めた。

「――夜中、寝てると声がしたんだよ。女の声が。いや、お前の声じゃない。鏡台の方から聞こえてくるんだ。そう、お前がどっかから貰ってきたあれだよ。何だと思って見てると、白い手が出てくるんだ。細い、女の手が。その手が俺の手を掴んで……鏡の中に引きずり込もうとするんだ。その力が強くて強くて。だから叫んだのに気付かなかったのか」

「聞こえませんでしたよ。酔って夢でも見たんでしょう」

工藤さんは素気なく返した。

事実、御主人は泥酔して大声で騒ぐことも多かったのだという。

けれども。工藤さんは一抹の不安を抱いた。

その鏡台に纏わる因縁を知っていたからである。

そして、昨夜半の御主人の叫び声も、別室で眠る工藤さんの耳に届いていたからである。

だから「鏡には布を掛けておいてくださいね」そう付言したのだった。

「艶のある、濃い目の茶色のシックな鏡台でした。一畳近い大きさで、貫禄もあって。お隣に住んでいた奥さんから貰ったものなんですけどね。奥さん自身も、結婚祝いに青森の親戚から貰ったと聞きました。実はお隣の御主人は、不倫相手とホテルにいる最中に腹上死したんです。死亡退職扱いで社宅を退去することになり、引っ越し荷物を減らしたいからぜひ貰ってやって、と言われて我が家で引き取りました。外面だけは良い御主人で、奥さんはいつも『あの人は私のことを部下のように扱って、妻としては全く見てくれない』と愚痴っていました。退去のときには打って変わって清々しい顔をしていて。だから私も荷物が増えるのを承知で鏡台を譲り受けたんです」

工藤さんは言葉を継いだ。

「私の主人はね。出産のために私が入院している間に、家に女性を連れ込むような人でした。社宅内でも噂になっていたようですから、お隣さんも知っていたことでしょう。そう考えると――」

言葉を濁す工藤さんに、私は言った。

「同じく女性問題で苦しむあなたに、鏡台に曰くがあることを知った上で譲ったと」

「考え過ぎかもしれませんけどね。あの夜、あのまま主人をあの世に連れて行ってくれていたなら。調停で苦労せずに済んだのかな」

工藤さんは答えた。

「けれども後口が悪いのは……社宅から引っ越した後も、何度も何度も『うちに遊びに来ない?』って誘われるんです。お隣の奥さんに。私と家族がどうなったか、きっと興味津々なんですよ」

ちなみに件の鏡台は、社宅の物置にこっそり置いたまま出てきたそうだ。

社宅はその後取り壊され、鏡台も運命を共にしたものと思われる。

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