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小さいおじさんの話(宮城県)
本書を手に取った方の中には、「小さいおじさん」の話を御存じの方も多いかと思う。
芸能人による目撃談も複数あり、オカルト番組のみならずバラエティ番組でも取り上げられる機会が増えている。
身長は十~二十センチ前後、ジャージを着ていたり着物姿であったりと様々であるが、共通しているのは「中年男性の顔をしている」という点である。
私はこれをあくまで都市伝説の一つと捉えていたのだが、今回の取材中に身近なところから目撃談を得るに至ったので、記録しておく次第である。
新庄さんの体験談
仙台市内で飲食店に勤める新庄さんは、その日も帰宅が深夜に及んだ。
風呂に湯を張り、じっと目を瞑って疲れを癒していると、どうにも視線を感じる。
新庄さんは独り暮らしである。当然、視線を送ってくる者などいるはずがない。
恐る恐る目を開けた新庄さんの前に、それはいた。
バスタブの縁に立つ、身長二十センチ程度の中年男性。
全く捉えどころのない、何の特徴もない平凡な顔であった。
しかし身にまとっているのは、赤地に白い側線が入ったジャージの上下。
何をするでもなく、ただ、じいっと新庄さんを見つめている。
その目は、こんなところで女性に出くわすとは心外だとでも言わんばかりであった。
どれだけの時間、目線を交わしただろうか。新庄さんは急に怖くなった。
見た目こそこんなであるが、当然、人ならざるものである。何をされるか分からない。
そう思ったときには、手が自然と洗面器に伸びていた。
浴槽の湯をぶっ掛けて流してしまうつもりらしい。
すると彼はそれを察したのか、自ら排水口へひょいっと逆さに飛び込み、そのまま姿を消してしまったという。
高田さん母娘の体験談
蔵王町出身の只野さん母娘から、別件の取材中に漏れ聞いた話である。
「ねえお母さん、サンタさんがいるよ」当時まだ幼かった只野さんが言った。
お風呂場に出てくるなんてエッチねぇ、とお母さんは頭を洗いながら返した。
その家では以前から怪しげな出来事が起きていたが、サンタさんという牧歌的な響きにお母さんはそれほど恐怖を抱かなかったらしい。
一方の只野さんは、最初こそ心が躍ったものの、徐々に気味が悪くなっていったという。
風呂場の窓のブラインドの脇にじっと立つ、見知らぬ「小さいおじさん」。
見た目こそサンタクロースだけれども、ただ無表情にこちらを見つめるばかり。
そしてお母さんの言う通り、女の人のお風呂を覗くサンタさんなんておかしいのだ。
目を閉じて、開けたらいなくなっていてくれないかな。
――どんな姿形をしていたか、詳しく覚えていますか。私は只野さんに問うた。
「口ひげを生やしたおじさんでした」
彼女は答えた。
「二十センチぐらいの身長で。口ひげは真っ白という訳ではなくて、むしろ白髪交じりというか、黒に近い感じでした。上下ともに真っ赤な服を着ていたのも覚えています。風呂場にいるのに、その服が全く濡れていないのも不思議に感じた記憶があります。ともあれ、口ひげに真っ赤な服。だからサンタクロースと表現したのでしょうね。結局、目を開けたときにはどこにも姿はなく、安心したのを覚えています」
ああ、それから。只野さんは付して言った。
「実は、姿を見たのはこのときだけではなくて、シャンプーボトルを置く台に座って、足をぶらぶらしていたこともありましたよ」