遠野の小さいおじさんの話(岩手県遠野市) | コワイハナシ47

遠野の小さいおじさんの話(岩手県遠野市)

仙台・国分町のスナックで「小さいおじさんの話」をしていると「私もね、見たことがありますよ」と声を掛けてくださった方がいた。

岩手県遠野市で生まれ育った、堀口さんの体験談である。

深夜、商用で出掛けた帰り道のこと。達曽部と附馬牛とを繋ぐ峠道。

早池峰山へと続く深い緑の中、センターラインもない隘路を右へ左へハンドルを切る。

微かな月明かりの下、自車のライトだけを頼りに行く。

幾つ目かのカーブを通り過ぎた頃。

――なんだ、タヌキか?

一瞬、視界を何かがちらりと掠めた。この辺りでは、タヌキどころかカモシカやクマでさえも大して珍しいことではない。

しかし。何げなくバックミラーに目をやった堀口さんは言葉を失った。

何かが、車を追ってきている。タヌキよりもなお大きい。そも、二足歩行である。

二足歩行しているということは人間だろうか。だがこんな時間に、こんな山中に人間がいるはずがない。人間だとして、この大きさは何だ。何故追ってくるのだ。

「あああああ!」

まとまらない考えを振り切るように、声を出す。

右脚に力が入る。高くなるエンジン音。速度計の針がすっと動く。

けれどもハンドルを切るたび、ミラーに映るそれが大きくなる。確実に、近付いている。

一瞬、姿が消える。ようやく、諦めたのか。どこかへ姿をくらましたのか。

「おいおいおいおい!」

思わず堀口さんは声を上げた。

自分のすぐ脇、ドア一枚を隔てたところを、それが走っている。

身長は六十センチ程度、ぼろぼろの羽織を着て、モンペのようなものを履いて。

ドアミラーに額を当てんばかりの勢いで走る横顔は、ほのかな月光に照らされて、中年男性のそれに見えた。

このままだと、ミラーを掴まれてしまうかもしれない。ドアに手を掛けられ、開けてしまわれるかもしれない。ドアロックは掛けただろうか。しかし、ロックに目をやる余裕は今の堀口さんに残されていなかった。

一刻も早く、街の明かりのあるところまで下りなければ。

顔に脂汗を浮かべて必死でハンドルを握るうち、いつしかそれは姿を消したという。

「私の周りにも、見た者が何人もいますよ」

堀口さんは語った。

「あれは夜中に出るんです。そして車を追うんです。何者なのかは分かりませんが。だからもう、よほどの用事のあるときにしかあの峠は通りません。追いつかれたらどうなるのかは分かりませんし、想像もしたくありません。あ、そうそう。遠野市と宮古市の間にまたがる立丸峠にも、似たようなのが出ますよ」

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