別大国道『手招き地蔵』(大分市神崎 小倉街道) | コワイハナシ47

別大国道『手招き地蔵』(大分市神崎 小倉街道)

一九六一年十月二十六日、大分から別府市亀川に向かっていた大分交通別大線の路面電車が、仏崎付近で集中豪雨による崖崩れに巻き込まれて埋没するという事故が発生。三十一人が死亡し、三十六人が重軽傷を負う惨事となった。

事故後、現場には地蔵が安置されたものの、片方の手が時間とともに垂れ下がってきていると言われ、付近では事故が多発したことなどから、地蔵の垂れ下がった手は死者を招いているという噂が立ち、『手招き地蔵』と呼ばれるようになった。

そして、事故現場付近には幽霊が出るという噂も立ち、心霊スポットとしてその名が広く知れ渡っていくこととなる。

この話を聞かせてもらったのは、運送会社に勤めている広瀬さんからで、私がその運送会社でバイトとして働いていた時のことだった。

広瀬さんは怖い話が大嫌いなのだが、不思議な体験を数多く経験しており、私が配送助手として広瀬さんと二人で現場に向かう時などに、様々な話を聞かせてもらった。

ある日、広瀬さんは大分市の某施設にオフィス用品を運び込む為、社用車を運転して一人で現場に向かったそうだ。

現場に着くと、荷物を積んだトラックはすでに到着しており、トラックに乗っていた二人と一緒に施設内に椅子や机などを運び込み、作業が終わったのは二十二時を過ぎたころだった。というも、取引先の希望で、勤務時間が終わる十九時以降に作業をお願いしたいという事だったので、作業自体はさほど時間がかからなかったものの、深夜の帰宅となってしまったというわけだ。

とりあえず、近場で遅い夕食をとり、福岡の会社まで一度帰るために十号線を走り始めた。

国道十号の大分県別府市東別府と、大分県大分市生石の間の約七キロメートルの区間の別名が「別大国道」だ。

この道での事故が多いということと、幽霊の噂については広瀬さんも知っていたため、軽く気味の悪さを感じながらも車を走らせた。

しばらく走ると、急激に喉が渇いてきた。先ほど食べたラーメンのスープを全部飲んでしまったからかなと、深く考えもせずに道路左手の奥に見えた自動販売機目指して左折する。自販機のある道は旧道となっているようで、車は通っていないし、街灯もなかった。

自販機にくっつけるようにして車を停めると、お茶を買ってぐいぐいと喉に流し込む。

「ちょっと来てくれないかぁー!?」

お茶を飲んで一息ついたところで、旧道の奥の方から切羽詰まったような叫び声が聞こえた。

何事かと思って駆け出し、暗闇の中を走っていくも、声の聞こえてきた辺りには全く明かりが見えない。

いつの間にか、辺りには霧が立ち込めており、五メートル先もはっきり見えないような状況になっている。

「ここだよ!」

おかしいと思いながらもポケットから携帯電話を取り出し、声が聞こえた辺りをライトで照らすと、自分が立っているすぐ横に大きなお地蔵さまが立っていた。

相変わらず、辺りに人の気配はないままだ。

(この声は生きている人のものじゃない!)

恐ろしくなった広瀬さんは、車まで走って戻り、車内に飛び込むとエンジンをかけた。

ブゥン! ガタガタ!

エンジンはかかるのだが、異様な振動が広瀬さんの体まで揺さぶる。

(なんやこれ!?)

パニックになりながらも、新道に戻って早くここから離れようとアクセルを踏み込んだ。

ガッタンガッタンガッタン!

車はまるで、何者かが大きく揺さぶっているかのように左右にふらつき、ハンドルの制御ができなくなった広瀬さんは、新道と旧道を繋ぐ道の脇にあるガードレールに突っ込んだ。

ドキャッ!

激しい音を立てて車は停止した。放心状態になりながらも、車を降りてぶつかった部分を見ると、フロント左側が少し潰れているものの、思っていたほど酷くはなく、これなら自走できそうだ。

再度、車に乗り込んでエンジンをかける。

ブゥン!

エンジンは問題なくかかり、一度バックした後に、新道に向かってゆっくりと進んでみるが、大丈夫そうだ。

体の震えは止まらないが、この場所を一刻も早く離れたいという思いで、広瀬さんは会社に向かって走り始めた。

ようやく会社に着いた時には、もう日付が変わっており、社員は残っていなかった。

駐車場に車を停めると、広瀬さんはそのまま車内で眠ってしまった。

翌朝、上司には「脇見運転をしてしまった」と説明して酷く怒られたそうだが、広瀬さんがこういったことをよく体験すると知っている同僚達には本当のことを説明して、「あの通りは気を付けろ」と、忠告したそうだ。

シェアする

フォローする