使用禁止のトイレ(茨城県 県央) | コワイハナシ47

使用禁止のトイレ(茨城県 県央)

茨城県内を走る鉄道は常磐線、つくばエクスプレス、鹿島線、水都線など様々ある。茨城にある、とある駅のトイレの話だ。

『使用禁止』とドアに張り紙がしてあるトイレを見たことがあると思う。なぜそのトイレだけ使用禁止なのか深く考える人は少ないだろう。

蓮田さんは仕事でこの駅に降りる用事があった。ところが、電車内からお腹の調子が悪く、降りたらすぐにトイレに駆け込みたい衝動に駆られていた。

急いで入ると男子トイレは全部鍵がかかっていた。使用中なのだ。

一つだけ「使用禁止」と書いてあるドアが目に付いた。

しかし使用中止なら水も流れないとか、そういうことだろう。

「やべえな、早く出ねえかな」

他のドアは全く開きそうもない。

背に腹は代えられないと、その使用禁止のドアを開けることに決めた。流れなくても、取りあえず今は自分の大腸にあるものを排出さえできたらいい。

鍵がかかっていない、すっと扉は開いた。

だが目の前に見えたのは、異様な光景だった。

便座の上に足があった。

いや、人間の腰から下が吊るされている状態だった。

ちょうどスーツのズボンが吊るされたような感じだ。

「うわ!」

すぐに扉を閉めた。

文字通り、漏らしそうになった。これから仕事というのに脱糞はまずい。ソロソロともういちどゆっくり開けた。

何もなく、ただの便器があるだけだった。

「なんだ、目の錯覚か。焦らすなよ……」

ことを済ますと、水を流した。流れ方も普通で水が出ないとか、あふれかえるというわけでもなかった。

「普通じゃねえかよ。何で使用禁止なんだ」

一息ついて、便器に座って天井を見上げた。

スーツを着た男が張り付いて、こっちをランランとした目で見ていた。

「おいおいおい……」

慌てて出た。さっきまで満室だったはずなのに、誰もいなかった。手を洗って出ようと鏡の前に立った。

鏡には何人ものスーツ姿の男が蓮田さんの後ろに立って、写っていた。

みんな青白い顔で口から泡が出ていた。ひきつったような顔でいる者、苦しそうな顔の者。

目はどれも白目を剥いている。

「うわあああ、何だこのトイレ!」

ぞっとして飛び出した。

急いで駅員に話し、「このトイレに変なのがいる!」と騒ぎ立てた。駅員はヒソヒソと言った。

「ダメですよ。あの……色々出るんですから。使用禁止って書いてあったでしょ?」

「そうだけど、漏れそうだったんだよ。けど何人もいたぞ、最初は吊られたのが一人だったのに、最後は後ろに何人も……」

蓮田さんは錯乱状態で訴えた。駅員はうなづきながら冷めた目で答えた。

「あのトイレで自殺した人がいるんですよ。僕も処理しましたけどね。出るっていうから『使用禁止』の張り紙してるんです。しばらくは除霊がいるっていう話でね」

「てことは、除霊できたら使用可にするのか?」

駅員はうなづいた。

「そうしないと、全部のトイレを使用禁止にはできないでしょ?」

「全部って……他のところも自殺したのか?」

「まあ、他殺ってこともあるし、心臓麻痺もありますけど、そうですね」

蓮田さんはゾッとした。

「気を付けてくださいね。あそこで見えたって言う人いましたけど、その後が良くなくて……」

駅員が言った。蓮田さんはそれ以上聞きたくなかった。

「聞きたくない。じゃあ、どうも。ちゃんとお祓いしておいてください」

駅を出て、取引先の会社に向かうため、駅に並んでいるタクシーに乗った。客は誰も並んでいなかったので、すぐに乗れた。

乗り込むと、タクシー運転手が言った。

「お客さん、何人ですか? この車は四人までしか乗れねえんだけど」

「俺一人だよ」

「あれ、五,六人いるように見えたんだけど」

「いねえよ。さっさと出してくれ」

蓮田さんは乱暴に言うと後部シートに乗り込み、左側のドアがバタンと閉まった。

その後、蓮田さんは散々な目に遭った。ほぼ決まりかけていた契約が破棄になったのだ。取引先も全く手のひらを返したように、蓮田さんを相手にせずに冷たい態度しかしなかった。とぼとぼと、また来た駅に戻る。脱力感と焦燥感が合わさった嫌な気分だった。

ホームで電車を待っていると、後ろに人の気配がした。それは複数いて、明らかに蓮田さんの背中を押そうとしていた。いくつもの手が体を触っているような感覚だ。

「押すなよ」

蓮田さんはつぶやいた。

押そうとした手がピタリと止まった気がした。

横をフラフラと歩くサラリーマン風のよれよれのスーツを着た男が通った。男は口からよだれを流していた。いかにも浮遊している霊のように。目もボケーっとしていた。

(こいつも死んでる奴だ)

蓮田さんは見ないようにしていた。そしてホームのベンチに腰掛けた。これなら押されない。電車が入ってきたとたん、その男はホームに飛び込んだ。

キキー!

肉片と同時に手や足がバラバラに飛んでいくのが見えた。向こう側のレールまで飛んでいった。血しぶきが舞った。

そのスーツの男は生きている人間だった。幽霊ではなかった。

駅員が走り寄り、ブルーシートがかけられ、大騒ぎになった。さっきの駅員が、茫然とベンチに座って見ている蓮田さんに気が付いて、深刻な顔をして会釈した。

蓮田さんも会釈した。自分は助かった、と思った。だがその瞬間こうも感じた。

(事故を起こして、すぐには俺をこの駅から出られないようにしてるってことだな)

手にしていたハンカチをくるくるとひも状に巻きながら、輪を作った。

まるで首吊りの紐の様に。

もう仕事もしたくない。生きているのが嫌になったと急激に落ち込みながら座り込んだ。

蓮田さんはこの後にうつ病にかかってしまった。病院で処方された薬が合っておらず、治療は長引いた。仕事も辞める羽目になってしまった。

何度も「死にたい」と思った。でもあの飛び込んだサラリーマンを思い出しては、やめた。人の死ぬ姿を見て闇に入り、自分の死ぬ姿を思い描き、なんとか浮上した。

駅はホームに飛び降りるだけでなく、駅トイレで自殺する人も割と多い。

中には女性トイレで亡くなっていた男性もいた。

招かれざる部屋に、入ってはならない。次はあなたの番になってしまうから。

そう蓮田さんは言うと、誰もいない向かいのホームに手を振った。

「ほら、見えるでしょう? 僕をまた呼んでますよ。こっちに来いって」

と言った。蓮田さんの目の玉は左右違う方向を向いていた。

僕はそれには答えず、到着した上り電車に乗った。蓮田さんはホームに残っていた。

一時間後、僕が乗っていた電車にアナウンスが響いた。

「○○駅にて人身事故が発生いたしました。誠に申し訳ありませんが運転再開は未定です」

○○駅は、さっき蓮田さんに話を聞いていた駅だ。

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