一切の煩悩を如来の種となす(静岡県浜松市) | コワイハナシ47

一切の煩悩を如来の種となす(静岡県浜松市)

仏教が定めるところの煩悩の数にちなむ本作では、一〇八つの怪談を綴る。煩悩まみれの作者に誠に相応しいお題を与えてくれた編集者の慧眼に怨み……もとい、感謝を抱きつつ、これまで蒐集した奇譚をせっせとご披露して参りたい。

大乗仏教経典の一つ『維摩経』には、「一切の煩悩を如来の種となす」との一節がある。

さまざまな煩悩こそが本来あるべき自分に近づくための気づきの種だという意味で、内省を促して真実の理に至る教えだという。

実際、たとえば、四〇歳のあるとき突然失明した男性を電話取材した折に、彼の口調の快活さ、時に暢気と思えるほど大らかな物の考え方に、深く感銘を受けた覚えがある。

聞けば、視力を失った当初は深く落ち込み、三年ばかり実家に引き籠もったという。

老いた両親や友人たちが入れ替わり立ち替わり来て、慰めたり励ましたりしたのだが、皆は目が見えるじゃないかと思うと悔しくてならなかった。怒鳴散らして友を追い返し、親に向かって暴言を吐いては自己嫌悪に陥り、苦悩は深まるばかりだった。

浮上したきっかけは、失明から三年目の盆の入りに訪れた。

実家は大阪だが、先祖代々の菩提寺は浜松にあって、毎年、お盆になると家族三人で浜松へ旅行する習慣があった。一昨年と昨年は両親だけで浜松を訪ねたが、以前は観光も兼ねて三日ほどあちらに滞在していたのに、ここ二回は彼を気遣って日帰りしてきた。

今年も親は自分に遠慮して満足に観光旅行もできない。そう思うと遣る瀬なく、そろそろ死んでしまおうと考えた。次に目が覚めたら自殺しようと決心して、その晩は眠った。

すると、夢に父方の祖父が出てきた。物心つく前に鬼籍に入った人で、遺影でしか顔を見たことがない。その遺影そっくりな人が、菩提寺にある代々の墓に腰かけて、キセルで刻み煙草をふかしていた。墓所に供えられた新鮮な花々、白い入道雲と紺碧の空、霊園を包む緑の木立ち──二度と網膜には映らなくなった光と色彩が夢の中には溢れていた。

祖父は、彼の姿を認めるや顔をほころばせて、空いている方の手を挙げた。

「おう、澄夫!」

澄夫は彼の名前だ。呼ばれたところで、目が覚めた。

夢で見た眩しい夏景色を想い返して、真の光は胸に宿っていたことに気づいた。そうしたら、俄然、生きる勇気が湧いてきた。祖父に感謝を捧げるために、両親に頼んで浜松の菩提寺に連れていかせた。本堂でお経をあげてもらっていると、誰かが後ろに佇んだ。

「じいちゃんか?」と心の中で訊ねたところ、芳しい菊の香がにわかに濃密に垂れこめた。

のやも。

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