ゴミ屋敷の主(兵庫県) | コワイハナシ47

ゴミ屋敷の主(兵庫県)

住宅街にただよう〝微妙な〟空気

ワイドショーなどで日本全国の通称「ゴミ屋敷」が、頻繁に登場するようになったのは、いつの頃からだったろう。

たいていその家は、自分の敷地内はもちろん、道路にまではみ出してゴミを積みあげている。生ゴミを入れたビニール袋から始まって、廃品回収業者が扱うようなスクラップのたぐいまで、ありとあらゆるゴミを、だ。ひどいのになると、庭で生ゴミを煮炊きする者までいるのだという。悪臭で近所の人間は、たまったものではない……。

彼らはいったい、なんのためにそんなことをしているのか。あるいはしなければならないのか。

もちろん理由はさまざまだろうし、彼らなりの言い分もあるのだろう。隣人への不満。なにかの行き違いに根差している地域への復讐心。不幸な家庭環境や経済的圧迫からくるストレス。

警察の厄介にまでなって、それらしい「供述」だってしているに違いない。

けれど。

たとえば次のような「ゴミ屋敷」は、どうなのだろう。

これもやはり、それらしい理由や理屈がつけられるものなのだろうか……?

関西の某有名球場近くにある、住宅街なのだという。

近所でも有名な、それは「ゴミ屋敷」であった。

ただ、景観の悪さや汚臭、周辺住民との交流の無視という点ではほかの「ゴミ屋敷」と大差はないのだけれど、それ以上に近所の人間は感じずにはいられないのだという。

迷惑、などという簡単な言葉ではとても片づけられない、ある種の不安と、そして………………気味のよくない空気を。

「ゴミ屋敷」──通称こそ屋敷というけれど、そもそもそこは屋敷などという広さは擁してはいない。土地面積でいえば、猫の額ほどだ。

その土地をいっぱいに使って、荒廃しきった母屋と離れとが建てられている。庭と呼べるほどの空間はまったくなくて、低いブロック塀が建物とほとんど接するようにしてとりまいている。

母屋のほうは、窓にカーテンもなくて、外から見ても内部にガラクタのたぐいがつめこまれ、天井まであふれかえっているのがはっきりとわかるありさまだ。

塀と建物の間にも壊れた食器類を中心に、家具や衣服のなれのはてがつめこまれ、大変なことになっている。

誰の目にも母屋で暮らすことが不可能なのは明らかであった。とにかく立錐の余地もないのだから。

それで家の主は離れで暮らしているようなのだが、これも四畳半程度の空間なのである。

内部で、どうやって炊事や洗濯を行っているものか、見当もつかない。入浴など論外だと思われるのだが。

もっとも、これらのゴミのありさまは、本論とはあまり関係が、ない。ただ離れの狭さだけはおぼえておいてもらいたい。

……ところで、この家の主だが、これが五〇代の陰鬱な顔つきをした女性であった。

正確な年齢はわからない。鳥の巣のような手入れの行き届かない髪にネットをかけ、洗いざらしの薄汚れたジャージ姿──屋外で見かけられるときは、たいていそんな姿であった。

以前は近所づきあいはともかく、家もちゃんと母屋で暮らしていて、「ゴミ屋敷」などではなかったともいうが、いつのまにか現在の姿になってしまったらしい。

とにかくその住宅街では古株で、ごく初期にどこかから引っ越してきたようだ。その後、現在にいたるまで、どうやって生計をたてているのか。以前はどこにいて、なにをしていた人物なのか、まったく誰も知らないのだとか。

なぜ、事実上、母屋を捨てて「ゴミ屋敷」に仕立て、狭い離れで暮らすようになったのか。

それも誰も知らないことであった。

そうしてその女性には、気味のよくない噂がいつの頃からかつきまとっていた。そもそも彼女は、一人暮らしのはずであった。

母屋のありさま。離れの大きさから考えても、同居人がいるとはとても思えない。にもかかわらず、その離れのなかから複数の子供の声が聞こえてくるというのである。

おそらく幼児だと思われる、鳥の鳴き声のような、けたたましい奇声を聞いたと主張する人間が何人も、いる。

また、網戸が破れて垂れさがった道路に面した窓から、誰かがのぞいていたとか。あれは女だったと見た人間は主張するのだが、住人である女性とは似ても似つかない別人で、しかも──血の気というもののまったくない顔であったとか。

青白い顔が、すう……と窓の奥に消えたのだとか。

これらは住人の関係者なのだろうか?

だが、奇人と言っていい家の主を訪れる者は、まず皆無であった。問題の家は新聞はおろか、TVすらおいてはいないらしい。そもそもおけるスペースがあるかどうか。そんな離れのなかに、家の主以外の複数の人間がいるなどとは……。

考えられない。

それでは近所の人間はいったい、なにを聞き、なにを見たというのだろう……?

不審以上のものを抱いた人物

最近、この住宅街にやってきた広畑さんは、ごくふつうの勤め人で平凡な中年男性なのだが、この「ゴミ屋敷」に、おそらくほかの住人たちよりも、異様な不審と、それ以上のものを抱いている。

……抱くに足るできごとが、あったのだ。

彼は、ゴミの回収日の早朝に、しばしば「ゴミ屋敷」の主である女性と出会うことがあった。

といっても、友好的に出会うわけでは、ぜんぜんない。

こちらが挨拶をしても──いや、おそらく誰に対してもそうなのだろうが──無視をしてスッと通りすぎてしまうような相手であったから。

女性は、いつも大きな黒いビニール袋を抱えて、ゴミの集積場所にやってくる。季節は冬場であった。早朝であたりは、まだ暗い。その闇よりも、もっと黒い例のビニール袋だ。

最近はリサイクルその他の理由でゴミの分別が厳しくなり、中身の見えないゴミ袋を禁止している自治体も多い。

が、禁止されていなくても、自発的に敬遠をするのがマナーだと広畑さんは思っていた。だから、最初、女性が黒いビニール袋を抱えているのを見て、顔をしかめて思った。

(この人だろう?例の「ゴミ屋敷」の住人は。なるほどマナーもモラルのかけらも知らないらしいな。生ゴミとプラスチックの区別もつかないんだろう……)

だがしかし。

広畑さんの軽蔑がまじった感想は、一部修正を余儀なくされることになった。

なるほど、女性は確かにマナーとモラルに欠けては、いた。

けれども生ゴミとプラスチックをいっしょにして、集積場所にむぞうさに放り出すなどということはなかった。

彼女は集積場所にしゃがみこむと──その日は粗大ゴミの日であったのだが──くくられ、あるいは袋に入れられているゴミを物色し、なにかを選びとっては持参した黒いビニール袋に放りこみ始めたのである。

自分のゴミを置いて帰ろうとした広畑さんは、その様子を見てあぜんとした。

(なっ、なにをやってるんだ、このおばさん。ゴミを出すんじゃなくて、あさりにきたのか?……なんてこった)

集積場所の傍らには街灯があったけれど、明かりが乏しくて、女性がなにを選びとっているのかは見てとれなかった。選んでいる?そう。手当たりしだいというわけではないようだ。どういう基準かはわからないが、確かに選んでいる様子だ……。

やがて持参した袋がある程度ふくらむと、女性は無言で立ち上がり、両腕に袋をぶらさげて、それが当たり前とでもいうようにさっさと歩き始めた。

……自分の家のほうに。「ゴミ屋敷」に。

(あれが新たなコレクションってわけかね。それにしても)

女性は選びとった後の袋はまた口をとじ、紐は一応くくりなおしては、いる。けれども感心はできない行為だ。たとえゴミであっても、他人の──見られたくないものも多いであろう──ゴミを黙ってあさり、持ち帰るなんて……。

広畑さんが、こうやって女性と鉢合わせになったのが一度ではないことはすでに述べた。粗大ゴミだけではなく生ゴミのときもあれば、ビンやカンの場合もあった。けれども女性の手順には変化はない。どんな汚いゴミでも、なにか──広畑さんには見当もつかない基準で目的の「もの」をさがし、選び取り、持ち帰ってゆくのである。

まるでなにかの儀式であるかのように、だ。

(ほかの住人は知っているんだろうか。……知っているんだろうな、たぶん。とはいえ、さわらぬ神にたたりなしってやつか)

最初はあぜんとするしかなかった広畑さんであったが、しだいに義憤のようなものが大きくなってきた。

彼は、公徳心や正義感の強い人間であった。そのためにこれまで、トラブルに巻きこまれたことだってある。

今回も、見て見ぬふりをすることはできた。が、どうにも我慢ができない。なにしろ、いじられるゴミのなかには広畑家のそれも混じっているのだ。

「……黙って、いろ……」

それで──五、六回めのときだったろうか。彼は勇気を出して、戦利品をひっかきまわしていた女性に声をかけたのであった。

「あの……××さん(ゴミ屋敷の主の姓だ)」

「………………」

陰鬱な顔つきでゴミをあさっている女性は、顔をあげようともしない。

「あのですね。いつも、その、ここのゴミをいじられているようですけれど、まだ使えるものでもさがしてるんですか?けれど、手袋もつけずにそんなことをしては、危ないですよ。不衛生なものもありますしね。怪我でもしたら──その、あまり、こういったことはやめておいたほうが、いいのでは?」

「………………」

予想どおりというべきだろうか。女性から返事はない。広畑さんは、だんだんむかむかしてきた。公徳心から自発的に話しかけたとはいえ、こうも道に落ちている犬の糞のように無視をされて、おもしろいはずも、ない。

(××(表記不能)ババアめ!こんなやつにどうして自分が、こうもへりくだってものを言わなくちゃならないのか。自治会の役員や保健所の領分だ。まったく)

「……まったく、手におえないよ」

唐突だった。終始、無言だった女性が、まるで広畑さんの考えていることを見透かしたみたいにボソリ、とつぶやいたのだ。

広畑さんは、少しぎょっとした。

「は。なんですって?」

「手におえやしない、と言ったんだよ」

がらがらの、男のような声であった。そして女性は作業の手をとめると、広畑さんを、

ギロリ

と、にらんだ。闇のなかで、二つの目が異様に光って見える……。

「あんたら、私が好きで自分の家を、あんなにしたと思っているんだろう……。けれど、違う。違うんだよ。ああしないと、手におえないんだよ。おえなくなってしまうんだよ。それなのに。あんたらには、まったくわからないんだ。……わかりゃしない。……そうさ。わかるはずがない……」

広畑さんには、女性の言っていることが、理解できなかった。どうやら「ゴミ屋敷」になってしまった理由のことを漏らしているようだが。しかし、「手におえない」とはなにを意味しているのか。

「──あの、それって」

疑問を口にしようとした広畑さんであった。しかし、女性はもう彼のほうを見てはいなかった。

気のせいか、陰鬱な顔に怯えに似たものが見てとれる。そして女性はぶつぶつと、つぶやいていた。「お供物」がどうとか、「待っている」とか。そんなことを──ぶつぶつと。

(……怯え?けれどいったい、なにを怯えて)

広畑さんの、頭の後ろの毛が逆立ったのは、そのときであった。

「──!」

女性の様子にでは、ない。彼女はそのときにはもう、ビニール袋を持ちあげて、集積場所から歩き出していた。

その傍らに立つ広畑さんの耳元に、なまあたたかい吐息が、かかったのだ。そうして、誰もいないはずの背後から、はっきりと「声」が聞こえた。

「………………黙って、いろ……」

ぞっとする──「声」だった。べちゃべちゃとした女の。

同時に背後に、

ザワッ

と、なにかの気配がした。ものすごい気配であった。

(なっ、何なんだ……)

広畑さんは、膝ががくがくとして立っていられなかった。それでも、やっとの思いで背後を振り返る。

暗いアスファルト舗装の道の上には、闇が──────広がっていた。

訪問者は何を見たのか

……広畑さんは、ゴミを出す時間を大幅にずらした。太陽が昇って会社に出かける際に、奥さんといっしょに袋等を集積場所に持って行く姿が見かけられる。

それからまもなく。

悪質リフォームの流行っていた折でもあり、勇気のある飛びこみ営業の若者が、外見に臆することなく、「ゴミ屋敷」のなかに声をかけている姿が近所の住民によって目撃されている。

どんなやりとりがあったものか──珍しく細めに開いていた門をくぐって、営業マンは例の離れに近づき、半分ほど開いた戸のなかに入って行ったそうだ。

そうして数分後。

「ひいぃぃぃぃっっ!!」

突然、戸がはじかれるように開いて、入ったばかりの若者が飛び出してきた。

地面に尻餅をつき、世にも情けない格好で──開いたままの戸をぶるぶると指さしている。

目撃者には、角度の関係で戸の内側は見えなかった。見えるのは門に向かって、尻餅をついたまま後退ってゆく若者の姿。そして、あんぐりと口を開け、かっと目を見開いた、ふつうではないその表情だ。

ずるっ。ずるっ。

「ふっ、ふくろっ」

携えてきた営業鞄もどこかにやってしまったらしい若者は、そんなことをわめいた。

「ビニール袋のなかが、動いてるうっ」

ずる。ずるる。

「ひっ。ひひひ。かっ、顔が。ひっ。いくつもいくつもっ。顔があっ」

ずるっ。

「袋が破れて……汁が流れ出て……なかに……ひいっ。かっ、顔があっ」

ようやく門から這い出た若者は、そのまま叫び声をあげて、一目散に道路を駆けて行った。

白昼の住宅街には、まったく似つかわしくない格好で。

「………………」

ふらふらと揺れていた「ゴミ屋敷」の戸からは、誰も出てこなかった。あの、陰鬱な顔をした女性すら。そして、

スーッ

と何事もなかったかのように、音もなく戸が閉まるのを、目撃者は見た……。

……「ごみ屋敷」はいまも健在のはずである。健在というのもおかしな言い方なのだが。

ことさらに訪れる者は、誰もいない。幸か不幸か、どのTVリポーターもうろついていた試しは、ない。

広畑さんが思ったとおり、地域の自治会も、さわらぬ神にたたりなしと決めこんでいるようだ。

警察や保険所の関係者がきたという話も聞かない。

敷地内の離れからはときおり、いるはずもない者の声が漏れ、唯一の住人であるはずの中年女性は、思い出したようにゴミの集積場所に通っているようだ。

多くの類似の「ゴミ屋敷」には、破綻していようといまいと、一応そうなってしまった理由がある。意味がある。

黒いビニール袋にゴミを収穫して携え帰る女性の行動。

それにどんな意味があり、誰──いや「なに」がそれを待っているものか、つとめて知ろうとするものは、いまのところいない。

さわらぬ神にたたりなし。

消極的ではあるけれど、それが、正解の場合もまったくないとはいえない。

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