侵入禁止(近畿地方) | コワイハナシ47

侵入禁止(近畿地方)

空き巣に狙われた家

ピッキング強盗──などという言葉が、流行り出した頃のできごとである。

ある空き巣の常習犯が、捕まった。

なんでも公道の真ん中で、白昼、わけのわからないことをブツブツつぶやき、わめきちらし、あげくのはてに物騒なものを振りまわし始めたとかで、挙動不審で通報されたそうだ。警察で調べてみると、男の所持品からは、いわゆるピッキングの七つ道具が出てきた。

追及された男は、視線の定まらない──老けこんだ表情で、過去の犯行を簡単に自供した。取調べの担当が、拍子抜けするほどあっけなく、である。

裏もとれて、司法的にはこれは、ブタ箱行きで決着であろう。

けれども、この男が最後に試みた「仕事」が、どうやら尋常一様の顚末ではなかったらしいのである。

どこから漏れてきたものかわからないが、それは、こんな具合だったという……。

関西圏の某市駅から、そう遠くないところ──主要な道路からは外れた奥まった町並みのなかに、その「家」はあった。

昭和の名残の風景が続き、それがとぎれた場所に傾斜した道が、ある。

そこには、

「私有地につき進入禁止」

と、かすれたペンキで書かれた古びた立て札が、セメントで固められた台の上に立てられていて、車両も一般人も入ってはいけないことになっている。

が、男──若いが、仕事のストレスのためか前髪がずいぶん後退してしまっている──は、もちろんそんな文句は相手にしなかった。

「進入禁止。へっ。こりゃいいや。傑作だ。こっちはこれから、文句はちょっと違うが、侵入させてもらうっていうのに、さ」

家は……和洋折衷の豪邸といってもいい大きさであった。たいした敷地面積で、ちょっと古びた旅館にも見える外観である。昔はそうとうなものだったのだろうが、いまは荒廃したたたずまいで、高い黒塀に囲まれた内部は、ほとんどうかがえなかった。人も住んでいるかどうか、通りがかっただけではわからない。

が、男は数度の夜間の下見の際、ぼんやりとした灯が二階の窓にそって動いていくのを何度も見ていた。

「人づきあいの嫌いなじいさんばあさんが、小金をためて引きこもっている。そうだったらサイコーだな。犬もいないようだし、おあつらえむきってやつだ。近頃は〝年寄りほど、金持ちはなし〟っていうからな。ケッ!葬式代なんてボウズの遊び金にしかならないっていうんだよ。だったら──俺が有効利用してやらなくっちゃ、な……」

進入禁上の立て札に唾を吐きかけてから、男はある秋も深まった夜、黒い塀を身軽に乗り越えた。

深夜──零時をまわった時間で、近隣の家々の明かりは、ほとんど消えている。極小の、しかし強力な赤色系のペンライトであたりを照らしながら、男は注意深く庭を横切った。手入れがされているとはお世辞にも言えないが、思ったほど雑草は茂っていない。と、いうことはやはり住人がいるのか……。

そして彼は閉まっている雨戸の一つにささっと近づき、あたりを再度うかがった。塀の周囲には下見で予想したとおり、警報装置のたぐいは見当たらなかった。庭もだ。最近のものは離れた箇所から感知するセンサーが多い。引っかかると契約している警備会社に速報されるというやつだ。軒下はどうか?物陰は?こちらも仕掛けはない……。

古ぼけた雨戸ではあったけれども、男はそれでも断線警報に用心しながら、歯科医の治療器具に似た道具で慎重にさぐっていった。

一見、無防備に見せかけて、油断させるというケースもあるからだ。こんなご時世だと、警備会社との知恵くらべに終始することになるのだ。以前に最後の最後で装置に感知され、危うく手が後ろにまわりそうになったことがある……。

(ヨーシ。手応えは、ない……)

古ぼけた雨戸は、やはり古ぼけた雨戸以外の何ものでもないらしい。

(手間をとらせやがって。見かけだおしかよ)

それでも男はプロであった。一枚を注意ぶかく外し、なかに踏みこむ。そうして元どおり、雨戸を閉めておく……。

そこは──長い廊下の一部であった。和風建築の縁側というよりも、むしろ昔の学校の校舎のようなつくりなのだった。そう、木造校舎の、である。

雨戸はすぐにとぎれて、両側は壁になり、雨戸とは反対側の壁のところどころには、いくつもドアがあった。障子戸でも襖でも、ない。やはり木製のドアが。

和洋折衷にしても、なんだか不自然なつくりであった。

けれども、建物の建材や構造など、男にはどうでもいいことであった。

(大してホコリは積もっていない。やっぱりまだ人が住んでいるってか。だったら、そいつのところに行かなきゃ、な!)

ライトで足元やまわりを照らしながら、男はゆっくりと歩き始める。──と。

格好の獲物のはずが…

ギシ、ギシ、ギシ、ギシッ。

「ちっ」

頭上で、天井板が軋む音が、した。男は見上げる。二階?二階に誰かいるのか?

(便所に立った寝起きの年寄り──だったら好都合だな)

道具のなかにはナイフもあった。手袋をつけた手で、物騒なものを撫でる。

(なんであれ、しめあげて、金のありかを吐かせてやるさ……)

……ギシ、ギシギシイッ

軋みは移動してゆく。男は二階への階段を求めて、周囲を見まわした。

あった。

これも廊下同様、木造校舎のような階段だ。途中が踊り場になっていて、上はうかがえない。

男は足音をしのばせ、舌なめずりをしながら再び歩き出した。相手は一人とは限らない。若い人間もいるかもしれない。

(そのときには、こいつがモノを言うさ。相手はなんにも言わなくなるかもしれないけれどな)

そんなことを考えながら、暗い階段を昇って行く。

……暗い?踊り場に達した男は頭を出して、二階をうかがう。確かに暗い──いや、暗すぎる家だった。階下もそうだが、二階にも電灯は一つもつけられてはいないらしい。そういえば、廊下にも明かりのスイッチはおろか、電球のソケットも見当たらなかった……。

(妙だな。こんなに廊下を暗くして、ここの連中はどうやって夜、過ごしているんだ)

ふと、そんな疑問が頭の片隅をかすめた。けれども聞こえてくる足音が、考えをどこかにやってしまった。

ミシッ、ミシッ。……みしり。

さっきの足音の主が、こちらに──階段のほうに──やってくるらしい。

性別や年齢。それに体格を見極めてから、男は飛びかかるつもりだった。

ミシッ!

足音が──角のところで止まった。

(ようし……)

だが。

いまかいまかと身構える男の前に、角を曲がってあらわれる者は………………いない。

いつまでたっても。

業を煮やした男は、そろっと階段を昇りきり、用心ぶかく角から顔を出して二階をのぞき見た。

ホコリだらけの窓から差しこむ月光のおかげで、二階の廊下は階下よりも薄明るい。

けれども──それだけだ。

誰も、いはしない。誰も。闇が、澱みたいにわだかまっている……。

(──────え?)

拍子抜けする、という以前に男は混乱をした。足音が聞こえ、そうして自分のすぐ手前までやってきたのだ。間違いは、ない。絶対に、そうなのだ。

すると、あの足音の主は?

(どうなってる?)

隠れたり、引き返したりする気配は感じられなかった。だいいち、こうやって見る限り、身を隠す場所などない。すると。

………………すると。

ぞくり、と背中に冷たい感触がする。寒さのせいなどでは、ない。

(どうなってる?)

この家は、格好の獲物に思えた。そうなるはずだった。だがしかし。ひょっとすると。

(獲物なんて、とんでもないんじゃないか)(それどころか)(それどころか──)

ヤバイ!

男の直感が、そう訴え始めていた。「仕事」がら、修羅場を潜り抜けてきた男は、危険に対して敏感だった。そうしてなによりもこの「仕事」は、少しでもケチがついたなら、迷うことなく引き上げなければならない。さもないと。

(うっ?)

廊下の向こうの闇に、なにか見える。月光のなかに、なにかが、じわり……とたたずんでいる。

「………………」

いつのまに、そこにいたのか。どこから出てきたものか。

二階も一階同様、壁にドアが並んでは、いる。けれども、どのドアも開いたわけでは、ない。

──────それなのに。

豪邸という名の迷路

「おっ、お前!」

男は威嚇するように声を発した。黒い服を着こんだ人間が、うっそりと立っているように見える。それでいて、どうかすると月光がつくった影のようにも見えるのだった……。

「お、おいっ。お前!」

「………………」

「それ」は、動かない。

男は、一歩、二歩と「それ」に近寄った。手には例のナイフが抜かれて握られている。

月光が……かげった。「それ」が、

ぐぐっ

と、数倍にふくらんだように見えた。

(?)

視界が奪われる。と同時に、ひんやりとした「モノ」が、男の片頬を、

ヒタッ

と、撫でた。

「──────!」

男の全身を、電気に似たものが貫いた。彼は意味不明の叫び声をあげると「それ」のいる反対方向に駆け出した。角を曲がり、廊下で転び、また立ち上がって這いずるようにして。

(何なんだ。あれは──あれは、なんだったんだ)

ギシッ!ギシッ!

背後から足音が追ってくる。

たまらず男はそばにあったドアの一つに手をかけ、そのなかに飛びこんだ。

なかは狭かった。納戸かなにかわからないが、窓もなにもない密室であった。そのなかで男は飛び出しそうになる心臓をなだめ、口に拳を突っこんで、ほとばしりそうになる声を堪える。

みしり。みしり。みしり。みしっ……。

足音が、やってくる。あと三メートルほど。二メートル。一メートル。

(ヴッ。……ううっ)

みしり。みしり。

足音は、ドアの前を通り過ぎて、遠ざかってゆく。

「ハア。ハア。ハアッ。ハアッ!」

足音が十分離れたことを確認してから、男はドアを開け、そうして一気に階段のところに飛んでいった。もう、仕事もなにも、ない。この家から出ること。いや、逃げ出すことしか頭になかった。

ところが、だ。階段を夢中で駆け降り、廊下を走っても走っても、玄関らしい場所にたどりつかない。どこまで走っても、どこまで行っても、あるのは壁とドアばかりなのだ。外に出るドアではない。なにがいるかわかったものではない部屋に通ずるドアが、延々と並んでいる……。

いくら豪邸といってよい建物であっても、異常であった。まるで迷路にでも迷いこんだみたいな──。

(こっ、こんなバカなことがあるか!)

男はあせり、そのあせりが恐怖につながっていった。

(いったい、どうなっているんだ、この家はっ?)

(どこなんだ。どこに行けば、外に出られるんだ?)

近づいてくる轟音

どおぉぉぉぉん!

「ひっ!」

ものすごい音が響いた。板が波打ち、穴が開くほどの力。そう思えるほどの勢いで、何者かが壁を叩いている。

………………

どおぉぉぉぉん!

それがなんであれ、二階から降りてくる。ゆっくりと、しかし、確実に。

どおぉぉぉぉん!

男はしだいに自分に近づいてくる轟音に、腰から下が、ふにゃふにゃになりそうだった。

それでもよろめき進み、走っては壁や曲がり角にぶつかるのをとめることはできない。

とまったら──おしまいなのだ。

(助けてくれよう。いくらでも謝る。謝ってすむものなら。タ、タスケ──)

と。

男の目に──握り締めて、これだけはなくさなかったペンライトの明かりの先に──雨戸が映った。

(自分が入ってきた雨戸に違いない。きっとそうだ!)

男は奇声をあげて、唯一の出口に駆け寄ろうとした。……全力で。

そのとき。雨戸の手前のドアが、

すぅぅぅぅ

と、音もなく開いた。

そうして、ドアの影から「なにか」が、

じわり

と、廊下に出てくる……。

男はとまろうとした。だが、無駄であった。

沈黙。そして──────人のものとも思えない絶叫が、響き渡った……。

……漏れ出てきた男の体験譚が、どこまで真実なのか誰が知ろう?

ただ、「進入禁止」の家は、その周辺では誰もが声をひそめて囁き交わす、「いわくの家」では、あったらしい。

無人で、住んでいるものは誰もいない……はずだ。

そうして大小の怪しげな、あるいは理屈では説明のつかないことごとが、あったと聞く。

夜間、あるいはいつのまにか建物内部に入りこんでいた浮浪者や未成年者たちが、黒塀の前で、腰を抜かしたように座りこみ、放心状態になっていたのも二度や三度ではないらしい。

六〇年代には──どんな分野なのかわからないが──そこは病院の隔離病棟だったともいうが、定かではない。

現在では所有権は錯綜し、そうとう複雑なことになっているそうだ。

……主すらはっきりしない、廃屋に近い建物。

けれども庭も内部も、それほど荒廃しきってはいない。

管理責任者がいて、修理や手入れをしているわけでもないのに。

まるで何者かが、ぎりぎりのところで建物を維持し、もちこたえさせているかのように、だ。

その目的は、しかし善意からはほど遠いように思える。

いつ訪れるとも知れぬ者。

招かざる客をもてなすために、悪意のような「もの」が建物を維持し続けているのだとしたら……。

立て札には確かに「進入禁止」と書いている。かすれてはいるけれど、その四文字が浮かびあがっている。

禁止されるには、禁止されるだけの理由が、ある。

……あの男のように、タブーに唾を吐いた者が、その理由に否応なく直面させられるのかもしれない。

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