ばんそうこうの子(東京都) | コワイハナシ47

ばんそうこうの子(東京都)

「なんで、そんなに怪我しているの?」

電気機器メーカーとして大手の、P社お客さま相談窓口にて奮闘している前川嬢の、高校時代のエピソードである。

U子は、彼女の同級生の一人だったが、教室内では孤立していた。

女子生徒は一般的に、男子よりも陰湿なイジメをするとよく言われるが、べつだん、イジメのターゲットにされていたわけでは、ない。シカト(無視)の対象でも、ない。

U子の場合は雰囲気的に近寄りがたいものがあったとしか、言いようがなかった。もっとも、容姿だけでいうならU子は可愛いほうであった。勉強も、ほどほどによくできる。スポーツも、だ。よく保健室で体育の授業を、さぼってはいたけれど。妙な雰囲気というのは、実はばんそうこう、なのである。

商品名○○○○○○という、あのばんそうこう。

彼女は体のどこかに──もちろんそれは、服から出ている顔や手足なのだが──必ずといっていいほど何枚もばんそうこうを貼りつけていた。

ちいさなものもあれば、大判を貼っていることもある。

ガーゼを当てて、テーピングをしているときも、あった。

あんまり枚数が多く、いつもどこかにばんそうこうを貼りつけているものだから、ある教師などは彼女に、なにか危険で違法なことでもやっているのではないかと、問い質したほどである。

おそらくその教師は暴走族や薬物のことを念頭においていたのだろうが──カウンセリング室での質問であったため、内容まではまわりの生徒に伝わってはこなかった。

余談ではあるが、世の中にはメディカルアートなどと称して、自分で好んで怪我もしていないのに包帯を巻きつけたり、眼帯をする人種がいるらしい。それがファッションの一環なのだという。

が、U子の場合は実際にガーゼに血がにじんでいるし、取り去った箇所のばんそうこうの跡には、かさぶたができている。怪我は、本当なのだ……。

前川嬢──いや、当時の前川さんは、格別U子の親友でもなんでもなかったが、ある行事で同じ班になって以来、会話をする機会は多くなっていた。

それで思いきって、U子に不自然としか思えない数のばんそうこうのことを聞いてみたのだという。

「ねえ。U子。その、ばんそうこうだけど──なんで、そんなに怪我をしているの?なにか事情が、あったりするの?」

「ン?ああ、コレ?」

U子は予想に反して、快活な調子で答えるのだった。

「怪我はね。自分でやってるの。傷をね。自分でつけてるの」

「──え?」

あたりまえのように言うU子。その、なんのためらいもない答えに、前川さんは質問したことを瞬間的に後悔した。

自傷。なにか心の病に近い人々が、自分で自分を傷つけることが、ある。リストカットや、それから──。

前川さんはU子も、そうだと思ったのだ。

けれどもU子の声は、あくまでも明るかった。

「変かな?変に思えるよね。見えるよね」

「う、うん。まあね……」

「ほかの子たちも、これのせいで私のこと、変な目で見たりしてるんだろうけどさ」

「………………」

前川さんはなにも言えない。

「でも、これってよく効くんだよ。まあ、言ってみればオマジナイね」

「オマジナイ?」

なんだか話が変な方向へと向かってゆく。

「あのさあ。誰だって憎たらしい、と思うヤツっているじゃない。ウザイとかキモイとか──ムカツクとか、ね」

「うん。それは、まあ、いるけれど」

「そんなヤツにイヤな目に遭わされたとき。私は『お願い』をして、自分の体に傷をつけるわけ。ほんのちょっぴり、だけどね」

「そうなんだ。でも、なんのために?」

「ウーン」

ここでU子は、声をひそめた。

「そうすると、その憎たらしいヤツが怪我をするの」

「怪我?」

「そう。病気の場合もあるわね。とにかく私が自分で傷をつけたのと同じ場所に、相手に何倍も──それ以上の災難がふりかかるの。これは、そういうオマジナイ」

U子は当たり前の顔で、当たり前のように冗談ではすまないことを言っている──と前川さんは思った。

「本当によく効くのよ。この『オマジナイ』」

学生。とりわけ女子学生のなかには、さまざまな「学校伝説」をつくりあげる者がいる。ふつう一般に知られているよりも、さらに過激なトイレの花子さんのたぐい。ケータイをネタにした、不気味な話。

けれども。たったいま聞かされたU子の「オマジナイ」は別格であった。

なにしろ、実際に彼女は自分の体を何力所も、長い間にわたって傷つけているらしいのだから。

そして、その顔は朗らかでも、目はまったく笑ってはいない……。

「本当なの、U子?……いまの話」

「本当よ。心当たりがあるでしょ。この学校でも事故や病気で長い間、休んでいる人。あのなかの何人かはね、私が『オマジナイ』をかけたの」

そう言われれば、と前川さんは考える。教師やクラスメイト。同じ学年の別のクラスで、ずいぶん長い間、病気や怪我で療養をしている者がいる。

そのうちの一人である英語の教師は、確かに以前。そこまで言わなくてもいいのにと思えるほど厳しい口調で、授業中にU子を叱っていた。課題を期限内にこなさなかったとかなんとか──U子に非があったのは間違いないのだけれど。

それに対してU子は、なにも言わずに反抗的な目で教師を、じっとにらみつけていた……。

「本当によく効くのよ。この『オマジナイ』。本当に、ね」

再び耳に入ってきたU子の声。

前川さんは、重ねてこうたずねていた。

「ねえ。その『オマジナイ』って……誰にお願いするわけ?」

「もちろん、『カミサマ』よ」

U子の唇の端が、きゅっとつりあがった。

「私だけの『カミサマ』に、よ」

──自宅に帰ってから前川さんは、学校でのU子との会話を思い出す。そうして半信半疑ではあったけれども、背筋がうすら寒いと感じた。

「本当かしら、あの話。U子は本当本当って何度も強調していたけれど」

自分の体に傷をつけると、ムカつく相手が同じ場所に数倍、いやそれ以上の怪我をすることになる。あるいは病気になる。

冗談ならば、悪趣味としか言いようが、ない。けれど、実際にU子の体にはいくつものばんそうこうが、いつも貼られているのだ。

事実なら、どう考えるべきなのだろう。つまり、U子が実際に「オマジナイ」とやらを、そして自分だけの「カミサマ」とやらを信じこんでいるのなら?

イタイ話。とどのつまりU子はそっち系の少女であって、教師や生徒の怪我や病気は、たんなる偶然なのだろう……。

(なんにしても、あんなことを得意気に話すなんて、ふつうの神経じゃない)

前川さんもまた、自然にU子と距離をおくようになっていった。そうして──。数ヵ月が、経った。

U子のばんそうこうは、減るどころかますます、数を増やしていくのだった。

文字どおり、全身がばんそうこうだらけのU子は、もはや雰囲気がどうとかいうレベルではなく、誰の目にも明らかに異常であった。

異常なのはばんそうこうの数だけでは、ない。授業もうわのそらでぼうっとしていることが多くなり、そうかと思うとまるで、間近にイヤなものがいるかのように、

キッ

とあたりを、にらみつけたりする。

距離をおくようになっていた前川さんではあったが、U子の変貌ぶりに、

「どうしたの?体の調子でもよくないの?」

と、声をかけてみた。

「体の調子?」

U子は、力なく笑って言うのだった。

「違うのよ。『カミサマ』が、言うことをきいてくれないのよ……」

「え?『カミサマ』って、いつか言っていた、あの『オマジナイ』の?」

U子はめずらしく素直にうなずいた。いつものどこか高慢な態度はまったくなりをひそめている。

「そうなの。まいってるのよ。まいっちゃったな……」

U子は口の端をピクピクと動かした。いつかの人を小馬鹿にしたような笑いなどではない。ひどい疲れが、口元を痙攣させているのであった。

(なんだかよくわからないけれど、U子はこんどこそ、本当に病気なんじゃないだろうか。先生か誰かに、相談したほうがいいんじゃないだろうか)

前川さんは、そう思った。

隣の個室から言い争う声が…

……この会話を交わした直後の昼休み。前川さんは一人で女子トイレに行き、個室の一つに入った。個室はすべて空いていて、トイレに彼女以外の人間はいなかった。

彼女の学校のトイレの個室は、男女共に洋式だったそうだ。

女性のことゆえ詳細は省くが、彼女が便座に座って数分後、それまで人気のなかった隣の個室に誰かが入る気配がした。ここまでは、ごく日常的なことだ。

日常的でなくなるのは、ここからだったという。

隣の個室から、声が聞こえてくるのである。誰かが誰かと言い争っている──そんな声だったそうだ。

「……どうして、言うことを聞いてくれないの?」

「これ以上、どうしろっていうのよ!」

「なんで、そんなことを言うのよう!」

声の主は──まぎれもなくU子その人であった。間違いない。

(えっ。U子がトイレの個室のなかで、誰かと話している?ケンカごしで?いったい、誰と?どうしてトイレなんかで)

前川さんは、突然聞こえてきたU子の声にも驚いたが、それ以上に彼女の好奇心を刺激したのは、U子が言い争っている「相手」の存在だ。

そうだ。確かにU子以外にもう一人分の声がする。

当時はケータイはまだ、普及してはいなかった。たとえ普及していたとしても、間仕切りをはさんで、それとはっきりわかるほど言い争う声が機器から漏れることはまず、ない。

だから──個室には最低でも、もう一人誰かがいるようだ。ところが。その声は、どれだけ耳をすましても、なにを言っているのか聞き取れないのである。

前述したとおり、けっして低い声だったわけではない。むしろ逆だ。それに、明らかに日本語であった。外国語でもなんでもない。それなのに意味がわからない。

(どういうこと。これって……)

まさか、近頃様子のおかしいU子が一人二役を演じて交互に、しかもでたらめを、しゃべっているのでは──そんな考えすら浮かんだ前川さんであった。

けれども違う。

言い争いは、声が重なっている部分も多い。一人二役では絶対にできない芸当だ。

「どっか行ってよ、帰ってよ!」

U子の声はますます大きくなり、ヒステリックになっていった。

「もうイヤ!放っておいてよ!」

「私だけが悪いんじゃないっ。悪くないんだってば!」

「イヤ──ッ!」

一声、大きく叫ぶとU子は、

バンッ!

と個室のドアが壊れるほどの勢いで外に飛び出し、廊下のほうに駆け出して行った。そっとドアを細めに開け、様子をうかがっていた前川さんの前を、泣きじゃくりながら走り去るU子の姿が一瞬、よぎる。

………………そのときだ。

ゲタゲタゲタゲタゲタゲタ!!

ものすごい笑い声。

たったいままでU子がいた個室のなかから、男とも女ともわからない笑い声がほとばしったのであった。

それはまったく、言葉ではいいつくせない、悪意に満ちた………………笑いであった。人の──少なくとも常人の──笑い声などとは言われない。

あらかじめ用を足していなかったら。確実に失禁していただろうと前川さんは、言う。

(なに?なんなの?いま、誰が……なにが笑ったの?)

開け放たれたそこには…

しばらくの間、彼女は動けなかった。なぜか、U子が飛び出してから、昼休みだというのに、ほかの生徒はただの一人もトイレに入ってはこない。あたりは、あの「声」の後、異様に静まりかえっている……。

前川さんは、勇気をふりしぼって個室を出た。そして隣の──さっきまでU子がいた個室を──そおっとのぞいてみた。

開け放たれたそこは──────無人であった。

誰も……いない。なにも、ない。

(え?じゃあU子は誰と話していたの?その相手は──どこに行ったの?)

U子以外にトイレから出て行ったものは、いないというのに。

(……ア)

先に、なにもないと思った前川さんであったが、正確には違った。便器のまわりになにか──落ちている。

それは、半分ほど刃が出されたカッターナイフと、そして。

数枚の、ばんそうこうであった。

………………

ギィィィィ……

風もないのに、開け放たれたドアが動いた。

(──!)

前川さんは、さっきのU子のように、夢中で駆け出していた……。

その日以来、U子は学校にこなくなった。

担任は、病気療養と言うだけであった。もともとクラスでは孤立していたうえ、最近、とりわけ奇行に近いふるまいもあったU子である。クラスメイトたちも内心はどうあれ、話題にする者はほとんどいなかった。

前川さんもである。もっとも彼女には、ことさらU子の話題を避ける、別の理由があったのだけれど。

やがて──前川さんたちは、U子の転居を聞かされた。学校のほうは自主退学扱いになったらしいが、はっきりと確かめたわけではない。

しばらくの間、前川さんは、例のトイレの夢を何度も見たそうだ。

個室で便座に座っている自分がいて、そして、天井近い間仕切りの向こうから、「なにか」が、

ヌッ

とあらわれる夢を。くり返しくり返し……。

私だけの「カミサマ」。

U子は、そう言っていた。「カミサマ」「お願い」「オマジナイ」。そして、それらに付随する数々のできごと。

それが「カミサマ」であれなんであれ、はたして一人の女子高校生の想像の産物だったと言いきれるかどうか……。

そのことを思い出すたびに、あのゲタゲタ笑いが耳の奥によみがえり、わからなくなるのだと現在の前川嬢は言っている。

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