化身した鹿(北海道北見市) | コワイハナシ47

化身した鹿(北海道北見市)

道東のオホーツク地方は古くは網走管区と呼ばれ、シベリアから流氷が流れ着くことにも見られる通り、冬の寒さがことのほか厳しい。その反面、日照時間には恵まれており、初夏から初秋までは穏やかな気候が続く。従って山野の自然がたいへん豊かで、内陸部には原生林に覆われた丘陵地帯が広がっている。

オホーツク地方の北端、紋別郡の生田原という所に住む病院職員、卓克さんは、月の明るい九月の夜に、北見市からの帰路を辿って車を走らせていた。

職場がある北見市と生田原を結ぶ国道は、北見の市街地から留辺蘂町まではJR石北本線に沿って住宅街や田園地帯の中を抜けていくのだが、留辺蘂町を過ぎると道が線路から離れだして、この先、生田原までの二五キロ弱は人家が途絶えた峠道となる。

街路灯も無く、道の両側は深い森だ。卓克さんはその日、退勤後に北見の繁華街で同僚と晩飯を食べた。その辺りに差し掛かったのは午後一〇時半頃で、いつものことだが前後の道に車影も人影もまったく無い。

……と、そのとき突如として、前方に鹿が飛び出してきた。

ブレーキを踏んで急停止する。車のフロントから鹿まで三メートルほど。鹿は一瞬立ち止まってこちらを向いた。双眸のタペタムが真っ白に輝いた。枝角を冠した牡鹿だ。

それが道を横切って反対側の森へ消えると、後に続いて牝や若い牡がぞろぞろと道に出てきた。二〇頭近くも行列しているようだ。この近辺で鹿を見かけることは珍しくないが、こんな大きな群れに遭遇するのは初めてで、神秘的な光景に胸を打たれた。

鹿たちはスローモーションのようにゆったりした歩様で行進し、やがて最後の一頭になった。それが去ったら車を動かせる。ところが、その鹿だけが道を渡り切る寸前でぴたりと立ち止まってしまった。どうしたのだろうと思ったら、鹿はやにわに両前肢を持ち上げて背筋を伸ばし、人のように二本足で立った。

──いや、立ったときには人の姿になっていた。

そして、卓克さんの方を振り向いて、白く燃える瞳で睨みつけた。

「えっ、と思ったら、もういませんでした。素早く森に入っていったのか、それとも幻だったのか……。翌日、出勤する際に、その辺りで車のスピードを落として道の両側を観察してみたんです。すると右側に、ポール状の標識が立っていました。路肩に車を停めて確かめたところ、ポールに《常紋トンネル工事殉難者追悼碑入り口》と記されていたので……」

あらためて恐ろしくなってしまった、と、卓克さんは話を結んだ。

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