常紋トンネル(北海道北見市) | コワイハナシ47

常紋トンネル(北海道北見市)

第三話の卓克さんは道央の都市で生まれ育ち、生田原に引っ越してから日が浅かったので、常紋トンネルについて何も知らなかった。いつも通っている国道の傍にトンネル工事殉難者の慰霊碑があったことも、それまで気がつかなかったのである。

鹿の一件から初めて興味を持ち、職場の人たちに事情を聞いてみたところ、

「常紋トンネルや北見側に出た信号所にはオバケが出ると昔から言われている」

「昭和の頃、地震でトンネルの壁が崩落したら中から人骨が見つかり、これは人柱だということになって慰霊碑を建てたそうだ」

などと教えられて、あの不思議な鹿の正体は、トンネルの人柱にされた犠牲者の霊だろうかと想像するようになったという。

私は異なる解釈も成り立つと思う。というのも、常紋トンネルの工事人足はタコ部屋(多工部屋)と呼ばれた監禁システムの下で強制労働させられ、酷い折檻や作業中の事故で負った怪我がもとで亡くなることも多く、その遺体の大半が付近の山に無雑作に埋められたと言われているので。

一九一二年の着工から一九一四年のトンネル開通までに、一〇〇人を超えるとも、一説によれば四〇〇人余りに及んだとも言われる労働者が命を落とした。

昨今でも、常紋トンネル周辺で山菜採りをしていた近隣住民が白骨化した遺体を見つけたことがあるという。また、こうした犠牲者を供養するために近くに寺を建てたのだが、その工事中にも五〇体もの白骨化した遺体が掘り起こされたとか……。

──山に棄てられた死者たちの魂が鹿に化身して、満月の晩に群れをなして彷徨う。

こういう解釈はロマンチックすぎるだろうか。

尚、人柱についても、恐ろしいことに真実の可能性がある。

一九六八年の十勝沖地震で常紋トンネルの壁面が損傷した。そして七〇年に改修工事が始まったところ、垂直に立った格好で壁に埋められていた遺体が発見されたのだ。

白骨化していたが、頭蓋骨などに鈍器で撲られた痕跡があった。

発掘調査が行われることになり、トンネルの入り口付近からさらに一〇体の人骨が見つかったとのこと。

人柱の作法に則ったとしたら、人身御供は生きたまま埋められたのだが……。

たった一〇〇年少し前のことである。

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