百物語を語る① 首吊りの紐(東京都) | コワイハナシ47

百物語を語る① 首吊りの紐(東京都)

怪を語れば怪が起こる百物語

百物語というものを、ご存じだろうか。

いや。おそらく、知らない、一度も聞いたことがない、という人はいないだろう。TV、映画、コミック、ビデオ……百物語を題材にしたものは枚挙に暇がない。正式なやり方――などといったものを、ご丁寧に解説したマニュアルのようなものもあるようだが、何、そう小難しく考える必要は、ない。

夜半。つれづれに人が集まって、それぞれが怪異を語る。

百物語だからと、きっかり一〇〇の怪談を語らなければならないということは、ない。人数も一人が一話ずつ、一〇〇人集まらなければならないということも、ない。それらは言ってみれば目安だ。

ただ場所は、できれば寂しい……人気のないところのほうが気分が出ていい。そして、ローソク。こいつは、ぜひ用意したほうがいい小道具だ。それも太くて長いものを奮発したほうが、いい。すごく、いい。

最初に相当数のローソクを立てて、火をつけておく。それから部屋の電気をすべて消す。映画館と同じで、ケータイの電源も必ず切っておくこと。物語の最中に着メロが鳴ると、雰囲気がだいなしだ。ローソクの明かりだけになった部屋は、ちょっと異様な空間となる。ゆらめく火の動きにあわせて人の影、そうでない影が、壁を、天井を踊り始めるからだ。

そして、話し出す――怪談を。話が一つ終わるたびに、ローソクを一つ消してゆく。ローソクが太くて長いほうがいいというのは、時間がかかるからだ。

話を重ねてゆくのとは反比例に、ローソクの明かりは、だんだん減ってゆく。暗闇が、だんだん濃くなってゆく。最後の一本あたりになると、もう隣にいる者の顔だって、はっきりとはわからない……。

………………いや。隣にいるのは、本当に見知った人間なのだろうか。何だか、そうではないような気が、してくる。部屋のなかにいる者が、いつのまにか怪しげな「何か」に、すりかわっている――そんな気さえ、してくる。

そうして――フッ!最後の一本が消される。いや、今のは本当に誰かが消したのだろうか。そうなのか。

真の闇のなかで――ふつうではない気配がふくらんでゆく。

そして………………。

怪を語れば怪が起こる。百物語とは、そういったものらしい。はるか以前から百物語は行われ、続けられてきた。真面目なもの、不真面目なもの。多人数から、ほんの数人の余興まで。……だが、起こると言われている怪のほうは、どうやら必ず起こるというものではなさそうだ。だからといって、無数に行われてきた百物語に怪異がつきまとわないのかというと、これが文字どおり怪しい節が、ある……。

本当に首吊りに使われた紐なのか

ずいぶん昔の話になるのだが。

東京都内の――今は地上げで壊滅した下町の一つにあった――某会社の男性社員ばかり六人が、社員旅行をきどって数日間、日本海に面した温泉町に滞在したことがあった。会社といっても大手の下請けか孫請けか――上下関係もほとんどないような小さなところで、当然滞在した温泉町も絵に描いたみたいな、ひなびたところだったらしい。

そこに、ヤローばかりが六人。どういう種類の盛りあがりかたであったかは、想像にまかせるとしよう。現在ほど何とかいう営業法も、うるさくはなかった時代であったろうし。

で、その数日めのことだったというのだが、夜もふけた頃。泊まっている宿の部屋に勇気凛々で戻ってきた連中を、別行動をとっていたAという男が、やけにニヤニヤしながら出迎えた。そうして、こんなことを言い出したのである。

「諸君!」

「誰のことだ」

「諸君。諸君は首吊りの紐というものの現物を、見たことがあるか?」

「ナーニを言いだすんだ、突然。演説ならバルコニーへ行け、バルコニーへ。三島由○夫なら、まにあっているぜ」

「諸君。何を隠そう、これがその首吊りの紐である!めったに見られない代物だ」

「何?」

……Aに、よれば。

仲間たちとは別行動をとり、結果それなりに酔って宿に向かう途中、彼は一方が藪になっている小道を通ったのだという。遠くに傘のついた、古ぼけた常夜灯があるだけであったが、初秋の月が明るく足元は何の問題も、ない。

問題があったのは――藪のなかのほう、であった。

「ん?」

Aが酔眼を向けると、藪のなかに何かが、ある。ひときわ高い木があって、その枝から何かが、ぶらさがっている。

「んっ、ンン?」

Aは酔狂にも近づいた。酔っているのだから酔狂でも何でもないのかもしれないが――とにかく近づいた。そして、上を見た。

長身のAの、頭のすぐ上の枝に赤い……紐が、かかっていた。そして、その紐の下には白い着物を着た女が、ぶらさがっていて――つまさきは、地面にとどいていなかった。

風が吹いた。女は、ぶらーんぶらーんと、かすかだが振り子のように揺れた……。

「いや。女も、ああなっちゃあ、お終いだね。ガスってやつかな。顔は、ぱんぱんに張っているし、剝いた目玉は飛び出しそうだ」

「噓つけ」

「舌なんか、ふくれあがって口から……べろんと垂れさがっている。とても見られたもんじゃあ、ない」

「見てきたような噓をついていやがる」

「しかし、だな。小生は、だな。こういうモノはめったに、お目にかかれるもんじゃあ、ない。一つ後学のために骨を折ってみるか、とさんざん苦労してだな。ホレ、このとおり、首吊りに、ご使用あそばされた紐を持参したわけだ」

「ホラも、ここまでくると大したもんだ」

とうとうと武勇談(?)を語るAを、仲間たちは口々にひやかした。宿の部屋は明るかった。大きな机の上に無雑作に放り出された赤い紐は、とても首吊りに使用されたものとは思えなかった。そうではないか。仮にも人の首を吊った紐ならば、当人の死ぬ間際に流した鼻汁や吐瀉物に汚れていても、おかしくはない。首の皮に食い込み、血脂を吸っていてもおかしくはない。死体の発する腐臭を吸っていてもおかしくはないではないか。

にもかかわらず、紐はきれいなものだった。陰惨な様子など、まったくなかった。まして腐臭など、これっぽっちも嗅ぎとれない……。

おそらくAが、遊んだ店から失敬してきたのだろう。お調子者のAなら、やりかねないと皆が思っていた。Aも、相変わらず酔った目でニヤニヤしているばかりだ。

「ナントカは、見てきたような噓を言い――か。それなら俺だって、こんなことがあったぞ。学生時代に、三階建ての下宿にいたんだがな……」

ひとしきりAをこきおろしてから、仲間の一人が別の怪談話を吹聴し始めた。

それをきっかけにして、俺の知ってる話のほうが凄い。いや、その程度ではなどと、座は怪談会の様相をていしてきた。まるで……そう、百物語だ。

Aはどこへ消えたのか

その間中、きっかけを作ったAは、襖にもたれてニヤニヤしているばかりであった。あれっきり話に加わろうともしないし、他人の話をちゃかそうともしない。お調子者にしては、何だかいやに静かで妙だった――とは、後で仲間たちがその場を振り返って言った言葉だ。

「ちょっと失敬。朝顔に用が、あるってか(便所に行くこと)」

しばらくたって、怪異譚の披露に熱中している仲間たちをその場に残し、Aはスーッと座を立つと、部屋を出ていった。

そうして――――――そのまま戻ってこない。

「……ちょっと、遅すぎるんじゃあ、ないか」

誰かが、そう言い出した。

「あいつのことだからな。また改めて遊びにいったんだろう。仕様のないやつだ」

ふだんのAを知るほとんどの者は、こう主張してとりあわなかったのだが、それでも酒も入っていることだし念のため――と、最初に気がかりを口にしたBが、便所を見にいった。

「心配性だな。ごくろうさまなことだ」

残った連中は、笑い合いながら机の上の赤い紐を見た。――と。

だんだんだん、ダダダダダダーッ!と廊下を走ってくる足音がして、

がらっ!!

と、部屋の戸が、倒れるかと思うような勢いで開けはなたれた。

顔面蒼白になったBが、そこにいた。

幽鬼のような表情。そう言うしかない顔で、わなわなと震えながら仲間たちを見ているのだった。

「Aが……Aのやつが……」

皆は口々にどうした、何かあったのかとたずねるのだが、ひどいショックを受けているらしいBは、

「べっ、便所で――Aのやつが……Aのやつが」

と喋るのが精一杯で、要領を得ない。それで皆は、一団となって便所にいってみた。便所は階下にあって宿同様古い設備であったが、それなりに広く、きれいに清掃されていた。ただ明かりは裸電球が一つか二つ灯っているだけで、ひどくうす暗いのであった。

口々にAの名を呼び、ドタドタと廊下を歩く一団は、開けっぱなしになっている便所の入口で、「わっ」と、立ちすくんだ。

なるほど、たしかにAはそこにいた。ただし、「いた」だけであった。

小便器がならんでいる一方の壁の上――横に渡された横柱に、Aは………………ぶらさがっていた。そう。首を吊っているのだ。

仲間のほうを向いている顔は、どろんとした目を剝き出し、口元にはしまりがなく、まるで「これは、よくできた冗談だ」とでもいう風に、ニヤニヤと笑って見えた。けれども冗談でも何でもないその証拠に、Aの首は生きている者には絶対に有り得ない長さに、ずるぅ、と伸びきってしまっているのだった……。

「お、オイ、あれを見ろよ」

と、誰かが言った。Aの首のところを見ろ、と。その首には当然だが、紐が巻きついている。その紐は………………どこからかAが持ってきて、行きずりの首吊りの遺体から盗ってきたと吹聴していた、あの――赤い紐に間違いなかった。

………………ぎっ、ぎっ、ぎぎぎ。ぎぎぎぎ~っ

一同は、固唾をのんで後ずさった。横木が嫌な音をたてて軋み、Aの体がゆっくりと半回転したのだった……。

影も形もない赤い紐

宿の者に、いや警察に報せなければと、うなりながらも――とりあえず部屋に引き返す一同は、わけがわからなかった。悪い夢のなかにいるような気さえしていた。

まず第一に、Aには自殺しなければならない理由など、これっぽっちもないはずであった。現についさっきまで、仲間たちに悪趣味なホラを吹聴していたばかりではないか。そんな人間が、どうして死ななければならないのか。

ホラと言えば、それに使っていた小道具の紐。こいつがまた解せないのだった。

Aはどうやら、あれを使って縊死したらしい。けれども、Aが便所に立ったその後も机の上に、無雑作に、あれが放ってあるのを皆が見ているのである。だったらAは、同じような紐を用意していたのだろうか。そうなのだろうか。

………………わからない。

わからないがAの死という衝撃以上に、一同は言いようのない冷たいものを感じずには、いられなかった。だからこそ、あの死体のぶらさがっている便所にいたたまれず、とりあえず部屋に戻ろうと誰が言うともなく、その場を離れたのだ――逃げ出すようにして。

「あの。何か――あったんですか?何か、その、おかしなことでもありませんでしたか?」

部屋の前には夜詰めの帳場の人間が、何人も待っていた。不安が、ありありとあらわれた面持ちであった。宿の者にはまだ、変事のことは何も言ってはいない。帳場に駆け込んだ者は、誰もいない。それなのに、こうやって不吉な鳥みたいな顔をして一同を待っているというのは、考えてみれば……妙だった。

そうして混乱している一同が、たった今見たもののことを整理して話そうとする前に、番頭らしい男性が不安そうに、あたりをきょろきょろと見回して、こんなことを言い出した。

「いえね。先ほど、皆さんが血相を変えて下に降りていったのを見たとかで、うちの者が不思議に思って、こちらのお部屋を――失礼ですが――のぞいたんだそうです。

そうしたら誰もいない、お部屋の真ん中に……白い着物を着た女が一人で立っていて、天井のほうを向いて、ケタケタケタケタ笑っていたって言うじゃありませんか。

その女は、笑いながらスーッと押し入れのなかに入っていったとかで。……見た者は、私のところに飛んできたんですがね。まさか泥棒とも思えませんが、お部屋をあらためさせていただいたほうがいいんじゃないかと、こう、他の者と話しておりましたところ、皆さんが戻ってこられたようなしだいでして――ハイ」

「………………」

一同は、無言で開け放したままの部屋のなかを見た。机の上に放っていたはずの赤い紐は――――――影も形もなかった。

その後のことは、以下のとおりだ。部屋をあらためても、押入れをはじめ、隠れているものなど誰もいはしなかった。例の紐同様、宿の者が見たという女もまた、影も形もなかったのである。

けれども、便所にぶらさがっているAのほうは、消えも隠れもしなかった。大騒ぎとなったが――結局は発作的な自殺で片づけられたようだ。発作的に自殺をする理由など、何一つなかったのだけれど。

Aが見たという女の縊死体もまた、見つからなかった。本当にそんなものがあったのかどうか……。

Aは、お調子ものだった。悪趣味な冗談が大好きであった。あるいはAは実際に、手を出すべからざるものに手を出してしまったのか。その結果として通念でははかりしれない「もの」に返礼を受けたのか。

唯一事実として言えるのは、Aの仲間たちはたしかにAの言うところの首吊りの紐の現物――めったに見られない代物というものを、間違いなく見ることになったという点だけである。他ならないAが、命と引きかえに提供するという皮肉な形で。「何か」が嘲笑う、まったく皮肉きわまりない形で……。

シェアする

フォローする