百物語を語る② 廃屋夜話(近畿地方) | コワイハナシ47

百物語を語る② 廃屋夜話(近畿地方)

おあつらえ向きの廃屋

どういったきっかけで、その「百物語」が行われることになったのか――実のところ当事者たちにも、よくわからない。

とにかく阪神間にある某大学の某サークル――本来、怪談を談じるなどということに縁もゆかりもない――関係者のうち、先輩後輩あわせて一〇人程度が集まって、古くから伝わる百物語というものを、一つやってみようということになったのだ。

百物語百物語と聞くことは多いが、実際に催したという者には、およそ、お目にかかったことがない。だったら自分たちが実践者になるのも面白いじゃないか?……学生らしい、そんな茶目っ気が混じっていたことは、まず疑いようがないけれど。

夏期休暇を利用し、場所は大学のキャンパスのある場所に近い廃屋が選ばれた。その廃屋は……木造平屋の日本建築で、もとは素人下宿か何かをやっていたという噂であった。立派――だったかもしれないが、今となっては面影は、ない。庭には雑草が生い茂り、家屋のほうもそうとうガタがきている。

それでも数年前までは人の出入りもあったようだが、現在は締め切られ、入口には鎖と錠前がかけられている。一見して、あまりいいことはなさそうな土地であり、建物であった。不景気を通りこして、崇りだの囚縁だの、そういった言葉が似つかわしい場所なのであった。

つまり――百物語をしようなどという奇特な人種には、おあつらえ向きの舞台なのである。

当日。当初、予定していたメンバーのうち数人は急にバイトが入るなどして脱落したが、それでも待ち合わせの場所に十一人がやってきた。ローソク、懐中電灯などの小道具の他、簡単な飲食物も持参し、彼らが廃屋の塀を潜り抜けたのは午後の一〇時を回ったくらいであったろうか。

廃屋には、管理人のたぐいが常駐しているわけではなかった。誰か、見回り役がいるにしても、不定期にやってきては簡単な掃除と戸締まりの確認をしてゆくだけのようだ。そうしてその戸締まりは厳重さとはかけ離れていて、防犯装置などは何もなく、それどころか塀には大きな隙間があり、縁側の雨戸も簡単に外すことができるのであった。これらは、百物語を企画した連中が何度も下見をし、近所の人間にもそれとなく聞いてたしかめていた。

「雨戸はもとどおり、閉めておけよ。明かりが漏れるとマズいからな」

座敷の薄く積もった埃を手際よく払っている後輩たちに、リーダー格のY崎という男が声をかけた。

やがて――手順どおりローソクが配置され、火が点され、準備は整った。かなり広い座敷にぐるりと輪を描くようにして座った一同を見回しながら、Y崎はコキコキと首の骨を鳴らしながら低い声で開会の辞を述べた。

「えー、本日は、この百物語の会に同好の士の多数の参加を得て、喜ばしく思う」

「ヨ、名調子!」

暗い影のなかに座りこんでいる誰かが、そうまぜっかえした。

「……と。まあ、そんなかたくるしい挨拶はヌキにして、サクサク始めようじゃあないか。何しろ、ホメられたことをしに、ここにいるわけじゃないからな。はたしてローソクの最後の一本が消えるまでに――あるいは消えた後に――何か起きるかどうか。昔の人間の言うことは、ナスの花と同じくらいアダがないかどうか。乞うご期待って、な。……記録のほうはいいか?」

別の誰かが、答えた。

「大丈夫。イケてます」

「それじゃ、一番、I柳」

「えーと。よく開かずの間ってあるじゃないか。あれに似た話なんだけどね……」

締め切った屋内は、さぞや暑いのではないかと一同は思っていた。こもった湿気や埃で蒸してたまらないのではないか、と。

けれども、その夜は真夏であるにもかかわらず、どこか肌寒い夜なのであった。いや、外はたしかに熱帯夜であったのだが廃屋のなかは……どこからか風が吹いてきて、それが意外に思うほど冷たいのだ。

「クーラーいらずだな。雰囲気満点じゃあないか」

「何しろ古い家だからなあ。どこかに井戸でもあって、風がのぼってくるのかな」

何番めかの話し手をよそに、こんなひそひそ声も漏れるのだった。

「何か変じゃあないか」

……ローソクはとりあえず、三〇本灯されていた。輪になった話し手たちが一つ怪談を終えるたびに、一つ消されてゆくのだった。昔ながらの方式どおりに。

座敷の天井に、崩れたたくさんの影がユラユラと動きまわっている……。

「ちょっと、ごめん」

「どうした?」

話をさえぎって、誰かが声をあげた。

「ごめん……ちょっと体調が悪くてさ。少し隣の部屋で休んでいても、いいかな……?」

こう言ったのは、うずくまる参加者たちのなかでひときわ大きな体格のM島という男だった。

「しかたがないな。オイ、誰か防水シートを持ってきてたろ?貸してやれよ」

Y崎がそう言うと、無言のまま渡されたビニールシートを抱えて、M島は隣の部屋に歩いていった。

時間が――経っていった。ローソクは一五本になり、一〇本になろうとしていた。

参加者の一人が、もじもじしながら隣の席の人間をつっついたのはそんな頃合であった。

「な、隣の部屋………………何か、変じゃあないか?」

「……ン。お前も気がついてたのか。俺、目の錯覚かなって思ってたんだけど」

そう言って、相手は暗い――灯火のない隣の部屋を見る。そこは、六畳ほどの和室らしかった。襖は半分ほど開け放されていて、その陰でシートを敷いたM島が横になっているらしい。しかし……。

「あの、襖の上の欄間に、何か見えるんだよ――さっきから。何かが、こっちをのぞいているみたいな」

「うん。俺は小さな手みたいなのが、襖の上のほうから、ひょいと突き出されたのを見た気がする。目の錯覚かなって思ったんだけどさ。それから間を置いて、なんべんもなんべんも出てくるんだよな。アレって……」

「オイ、そこ!私語はつつしめよ」

Y崎が、二人をたしなめたときだった。

………………どすん!

と、隣の部屋で大きな音が、した。大きな、それは大きな音だった。休んでいるM島が寝返りをうったとか、寝ぼけて襖を蹴ったとか、そんな種類の音では、ない。断じて――ない。

座敷で輪になっていた人々は、いっせいにそちらのほうを向いた。

続いて、

どすん。ばたん!ばた~んっ!………………バッタ~~~~ン!!

(何だ?)

誰もが、そう思ったに違いない。まるで、とっ組み合いでもしているみたいな――ただごとではない物音であったからだ。けれども……とっ組み合い?いったい、誰と誰が?

隣の部屋にはM島が、いる。一人でいる――それだけのはずだ。他には誰もいない。M島以外のメンバーは、皆この大座敷に集まっているのだから。すると、これはいったい何なのだ?

「M島!」

Y崎が、一番最初に叫んだ。他の者も腰を浮かしていた。………………と。

「ハッ!」

とぼしい光でよくわからないが、凄まじい形相のM島が、襖の陰から大座敷に転げ込んできた。

「ハッ!ハッハッハッハーッ!! ウ……ン」

汗みずくになっているM島は、荒い息をつき、そしてそのまま――昏倒した。

体のほうが、ほとんど動かない

百物語は、その時点で中止せざるを得なかった。メンバーの半数は後片づけのために廃屋に残り、後のY崎をはじめとする面々が、M島をとりあえず近くの終夜営業のレストランに運び込んだ。

彼は幸い、すぐに意識を取り戻した。そして、こんなことを打ち明けるのだった。体調は万全だったはずなのに、なぜか廃屋に入ったとたん気分が悪くなったのだという。とくに、めまいがひどくて立つのはもちろん、座ってもいられない。それで、大座敷の隣の部屋にシートを敷いて、横になったのだが……。

熱は、ないようだった。反対に寒気がして、たまらなかった。真夏だというのに。

(悪寒か?それとも皆も言っていたけれど、この家のどこかから流れてくる冷気のせいか……)

M島のいる部屋に明かりは、もちろんなかった。が、座敷のローソクのともしびが、ゆらゆらと動く影とともに漏れてきて、あたりのものは、ぼんやりと見ることができる。大きなシミが浮き出た壁。雨漏りか何か、こちらもまだら模様の天井……。どうにも、最初から気に入らない家であった。外観もそうだが、内部の陰気さはただごとではなかった。

それに他の連中がどう思っているかわからないが、何か、好ましからざる視線のようなものを、あちこちに感じてたまらないのだ。

障子の破れめ。壁や戸の隙間。そういったところから、何かが、じっと………………じっと、こちらをうかがっている。そんな気がしてしかたが、ない。

(チクショー。こんなの、やめとけばよかった――って、後の祭りか)

大座敷から、ぶつぶつぼそぼそと、声が聞こえてくる。それすら仲間の声などではなく、家のどこかで見も知らない者たちが、ひっそりと会話しているように思えてくる。

………………

と、部屋の端にある天井板の一枚が………………横に動いた。

ズッ。ずずっ。ズズ……

(え?)

M島は、瞬きをした。見間違いかと思ったのだ。けれどもたしかに天井板が一枚、ズレてゆく。ゆっくりとだが――確実に。少しずつ。

(えっ!?)

やがて、四角い穴がうがたれた。ぱっくりと開いた黒い口。暗い部屋のなかよりも、さらに暗い闇が見える。闇が、見えて――。

………………ドサッ!

何かが、天井から落ちた音がした。つまり、あの穴から。天井裏から。

M島は反射的に身を起こそうとした。いったい、天井板をズラしたのは何なのか。何が落ちてきたというのか。

ところが、どうしたことだろう。体がいうことをきかない。意識はとても明瞭だというのに、体のほうが――ほとんど動かないのである。

(オイ、冗談、じゃあないぞ)

声を、あげようとした。

だが、できなかった。口は開く。開くけれども、ひゅうひゅうと風みたいな音しか出なかった。喉が痛い。舌が、おかしい……。

(オイ、これって、どういう……ヒッ!)

足首が――――――摑まれた。ずるっ、とした感触の「モノ」であった。そして、そのままM島は、凄い力で壁際に引っ張られた。

(ウソだろ?えっ、ウソだろ?)

ありったけの声で、叫ぼうとした。

が、無駄だった。座敷からはやはり、ぼそぼそひそひそと人声が聞こえる。明かりも見える。それなのに。

(助けてくれっ!)

壁が迫ってくる。シミが、血糊みたいに見える。こびりついた血糊……。

全身の筋肉という筋肉を強張らせて、何とか抵抗しようとしたM島は、あっという間に汗みずくになっていた。立てた爪が、古畳をかきむしる。爪が何枚かはがれかけたようだが、混乱と恐怖とで彼は、まったくそのことに気がつかなかった。

(ひっ。ひひひ。ヒヒヒ。ヒッ。助……けて……!!)

ヌウッ

M島の顔が頭の上から、のぞきこまれた。心配して様子を見にやってきた仲間などでは、ない。

黒い――輪郭の崩れたなかに、二つの眼があった。

焦点のズレた、二つの眼。それは………………人間の眼ではなかった。

ビデオには何が映っていたのか

おそらくその直後、M島は自由をとり戻したのだろう。けれども皆が聞いた、とっ組み合いのような物音の最中のことを、彼はまったく覚えてはいないのだった。M島が、とぎれとぎれに話し終えたとき。皆は互いに顔を見合わせた。Y崎は、腕組みをして何事か考え込んでいるようだった。

「………………」

そして当のM島は、ファミレスで語る間中、震えていた。明るい照明、静かな音楽のなか、大男におよそ似つかわしくはなかったが、とめようとしても、とめようとしても膝が、手が、がたがたと震えてとまらないのだ。それに――髪。昨日まではたしかに混じっていなかった白いものが、彼の頭に混じっている……。

この夜、用意されたローソクは三〇本であった。けれども語られる予定の話はそれに達しなかった。そして事実上、最後の話は空が白むまで続く、長い長い話となった。

………………

会の一部始終を記録したビデオは、メンバー全員の合流後、すぐに再生された。けれどもなぜか画像は真っ黒にツブれていて、そのくせ音声だけは鮮明に録れているのだった。そして特記しておきたいのは、その音声に実際にはなかった――少なくとも聞こえなかった物音が、あちらこちらに混じっていたという点である。

どおぉぉぉぉん。……どおぉぉぉぉん

と、壁といわず天井といわず、それらが波打つくらいの力で何かを叩きつけている――そんな物音だ。

また、

バタバタバタバタバタ……

と、一座の間を「何か」が走り抜けていくような音も、あった。

「何か」が、壁をすり抜け人をすり抜け、どこかからどこかへと――。

結果から言えば、一同が企画した百物語は、形の上では中途半端に終わっては、いる。M島を別にすれば誰も何かを見聞きしたわけではない……はっきりとは。

M島の話にしても、彼の体の不調が悪い夢を見させただけだ。ビデオの物音にしても、ノイズの域を出ない。画像が映らなかったのも機器の操作不良のせいだろう――そう主張する者たちもいるだろう。第三者ならば大多数が、おそらくは。

けれども、あの百物語に参加したメンバーの意見は、それら大多数とは異なるようだ。昔の人間の言うことにはたしかに一理が、ある。Y崎なら、それに似たことを、また異なる言いまわしで、語るかもしれない。

……廃屋のほうは、雨ざらし同然の放置状態だが現在も、ある。

居着く人間もいなければ、管理のまねごとをする者すら、おざなりに見にきては、そそくさと帰ってしまう。

陰惨とか不景気をはるかにとおりこして、崇りだとか因縁だとか、そんな言葉のほうが、似つかわしい場所だ。

過去に何かあったかどうかは、大して問題ではないだろう。そこは、つまるところ、そういった場所なのだ。憎み遠ざけられる場所なのだ。

怪異を呼び込んだのが百物語であったのか、廃屋自身であったのか。あるいは二者の相乗効果であったのか、それ以外なのか。

決めつけられる人間はまず、いない。また仮に決めつけたとしても無意味であろう。

シェアする

フォローする