百物語を語る③ 心霊写真の女(京都府) | コワイハナシ47

百物語を語る③ 心霊写真の女(京都府)

「植え込みのなかに、人の顔が見えない?」

京都市内の、ある資格スクールの講師をしている水沼さんは、知的な若い女性である。

そのスクールの講師たちがオフタイムに席を設ける機会があり、盛り上がっていたとき。話の流れが心霊関係に傾いたことが、あった。

誰かが、これだけ人数がいるんだから百物語ってヤツができるじゃないかと、面白がって言ったそうだ。女性陣も、

「悪趣味ね~」

などとあきれながらも、一度そういう体験も悪くないんじゃない?などと笑って同調する者も出てくる。遊び半分ではあったが、本当に段取りをしかねない、その場の空気だったそうだ。

そんななかでただ一人、強硬に反対したのが他ならない水沼さんであった。

「………………そういうの、よくないと思う」

「――エ?何?何、言ってるの?」

「絶対にやっちゃいけない。いけないんだから!いけないんだからっ!! 」

水沼さんの血相は変わっていたそうだ。別人かと思うくらい形相もおそろしく、皆は座が白けるとか、そういう以前にあっけにとられてしまった。

水沼さんは、ふだんはおとなしく控えめでとおっていたから、講師仲間は皆、この変貌ぶりを不思議に思った。たかが遊びだ。遊びの百物語に、なぜ、そこまで目くじらを立てなければならないのか?

少し落ちついた様子の水沼さんは、その理由を話し始めた……。

やはり京都にある、K大学を水沼さんが卒業して初めての同窓会での、できごとなのだという。

××科の人間を中心に、恩師たちやその関係者など、同窓会は人数も多く盛大だった。会場はかなり広かったが、満員に近かったそうだ。最初の乾杯と発起人や恩師たちの言葉の後は、あちらこちらに小グループができて、思い思いの会話と飲食を楽しむことになった。水沼さんも当然、それらの一つで思い出話をしたり、同期の人々の近況に耳を傾けたりしていたのだった。

誰かが持ってきた卒業アルバムをあらためて見ているうちに、

「わ~、何、これぇ?」

という調子はずれの声があがったのは、皆のアルコール度数が、ほどよい数値になっていた頃だった。

「何々、どうしたの?」

「これよ、コレ。何か、ヘン~」

学生時代からとりわけムードメーカーのN子が、アルバムの一点を指さしていた。男女を問わず、その場にいる者が注目する。

「この植え込みのなかにさあ。何か、人の顔が見えない?ねえ?」

卒業記念に撮られた写真の一枚が、おかしいとN子は主張するのである。つまり。

「ハハッ。心霊写真ってヤツ?ふっる~い。流行らないってば」

笑い声が、あがった。その反面、

「うーん。でもなあ。たしかに言われてみれば……見えないこともないなあ」

という肯定派も出てくる。

「気のせいだよ。気のせい。何だって、そうなんだ。そう見ようと思うから、そう見えてくるのさ。心霊写真なんてたいていそんなもんだよ。シミも汚れも光の加減もオケラもアメンボも、怪しく見ようと思えばみ~んな怪しいものに化けるのさ」

こちらは超正論派だ。

水沼さんも、そのアルバムの問題の箇所を見てみたが、なるほど人の顔のように見えるのと同じくらいに、ただの影にも思えるのだった。

左眼が眼帯で覆われた女性

そうやってアルバムを妙な肴に仕立てて、がやがやと言い合っているときであった。あの――――――「声」が響いたのは。

「心霊写真ってね……そんなものじゃあないわよ……」

何と言ったらいいだろう。べつだん大きな声でも何でもないのに、それは人の注意を引かずにはおかない何かを含んでいた。

皆の顔が、そちらのほうに向けられる。

……テーブルの端に、女がいた。ベーシックな茶系のスーツの胸に、参加者のしるしのバッジをつけているから同窓生、なのだろう。しかし?

(こんな子、いたっけ?テーブルにいるのも気がつかなかった……)

水沼さんは、そう思った。たしかに科の人間は多いし、関係者も含めればその全員を見知っているわけも、ない。他のテーブルにいた人間が、話題に誘われてやってきたとも思えるが。

(それにしたって無神経よね。そうと決まったわけじゃないけれど。それに)

何か、ちぐはぐな感じのする女性であった。年齢的に言えば、水沼さんたちと変わらないだろうが――のっぺりとした顔つきと化粧気のなさが、どうかすると一〇も二〇も年齢が離れているような印象を与えるのだった。くわえて。

(眼帯……)

それが一番、女性の素顔を、あいまいにしていた。眼科に通ってでもいるのかケガでもしたのか――女性の左眼は愛想のない白い眼帯で覆われていたのである。

「心霊写真ってね……そんなものじゃあないわよ……」

眼帯の女性は、同じ言葉をリフレインした。誰もが水沼さんのように、この女性に対して違和感を抱いていたはずだが、例のN子が挑むような口調で口を開いた。

「じゃあ、どんなものなのよ?」

「……そうね……」

眼帯の女性は、下を向いていた。その右眼が、きろっと動いた。

彼女が言うには――。

世間に出回っている「心霊写真」と名のつくもの。あるいはTVやビデオで一般に見ることができるそれは、ほとんどがレンズゴーストと呼ばれる「写し損ね」や技術的なミスであり、それらが作り出す影や曇り等を「心霊的なもの」として決めつけているに過ぎないのだという。さらには「デッチあげ」や「やらせ」も多く、パソコンが身近になった現在では子供にだって迫真の「心霊写真」が作成できるありさまなのだそうだ。

「……でもね……そうじゃないのも、あるの……」

TV局。あるいは警察機関などには、長い年月の間に溜められた、門外不出の現場検証写真やフィルムがあるのだとか。量こそ多くないものの、ごく一部の人間しか扱うことのできないそれらには、ふつう一般の常識では、はかることのできない――そうして通常の神経では耐えられない「もの」が写って、あるいは映っているのだという。

「封筒のなかに入っているわ、あなたの好きな心霊写真」

眼帯の女性は、決して饒舌ではなかった。にもかかわらず、時間をかけて慎重に選んでいるみたいに出てくる言葉は、周囲の人間の関心を、とらえ込むのであった。

ちょうど最初の一声が、それだけでその場にいた全員の注意を引いたように。

「……だから……お蔵入りになった写真やフィルムは……絶対に人の目にはふれないようにされてるの。だって……困るでしょう?出版社やTV局がほしいのは……購読者や視聴率ですものね。購読者や視聴者の頭のなかの心棒が……どうかなったら……誰彼の別なしに……頭のなかの心棒を……どうかする写真やフィルムなんて……」

「出まかせよ!」

錐みたいな叫びが、眼帯の女性の言葉をさえぎった。その声があまりに鋭くて大きかったから、別のテーブルの小グループの人々もこちらを振り返ったほどだった。

声の主は――N子であった。

「……出まかせ……?私が噓を言っている……というの?」

眼帯の女性の眼帯で覆われていないほうの目が、また、きろっと光った。

「そうよ!何のつもりで話に割り込んできたのか知らないけれど――よくそれだけ、いいかげんなことが言えたものだわ。感心しちゃうわ。悪い意味でね。そんなに簡単に、たかが写真を見ただけで、人がヘンになっちゃうなんて、それこそヘンよ!笑っちゃうわね。大笑いだわ!」

N子は意気込んで、そう言った。もとはと言えば、心霊写真云々と最初に騒いだのは彼女だ。その自分が盛り上げた話題を、妙な具合に横からさらわれたことに腹を立てているのかもしれなかった。学生時代から、会話の中心になりたがる傾向のあるN子であったから。

水沼さんは、ことの思いもかけないなりゆきに、内心ハラハラしていた。――と。眼帯の女性の口元が、ニイッと不自然に歪んだ。怒ったのではない。笑ったのだ。それは、まがまがしい笑い、であった。

彼女は、そばのバッグに手を入れて、小さな封筒を取り出した。N子をはじめ、皆の視線が集中する。

「――?」

そして、眼帯の女性はそれをテーブルの上に置いた。

「……なかにね……入ってるわ。あなたの好きな……心霊写真。正真正銘の……本物のヤツが……ね」

「え?」

「見るのは勝手。でも……気をつけてね……」

「………………」

「それを見た子で……アッチにイっちゃった子がいるわ……」

「………………」

「不自由な場所に……入ったまんまの子もいるし。どこかわかるわよね……あなた賢そうだから……」

そう言うと、眼帯の女性はスッと席を立ち、テーブルをぬって歩いていった。あっという間のことであった。

N子は何を見たのか

あとにはテーブルの上に、封筒が残されていた。しばらく重苦しい空気があった。明るい同窓会の会場。きらびやかな照明。それなのに空気が重い。とても……とても。

「今の――同窓生、なんでしょ?」

「ああ。ウーン。バッジは、つけていたよな。誰か――知ってるか?」

「ううん、私がド忘れしてるだけで、みんな知ってるとばかり思ってた」

「……見慣れない子だったよなあ。妙なカンジで――身なりも、言うことも。何か真に迫ってたよなあ。余興……じゃないよなあ」

「それにしても――心霊写真が……何だって?持ち歩いているわけ、そんなものを?ジョークにしてもタチが悪いよ、な」

堰を切ったみたいにそれぞれが、それぞれのことを言い合うなかで、水沼さんはN子が魅入られたみたいにテーブルの上の封筒に視線を注ぎ続けていることに気がついていた。

(あっ)

「何よ、こんなもの!」

止める暇もなく、N子は封筒を手にして開けていた。そうしてなかに一枚だけ入っていた写真らしきものに目を凝らす。

それが――勝ち気なN子の表情を見た、最後になった。

「………………」

N子の顔が――――――変わった。

やはり馬鹿らしいと勝ち誇ったのでは、ない。かといって顔面蒼白になったのでもなかった。何か――二度とは手に入らないであろう、かけがえのないものを失ったか、諦めてしまった……そんな表情だったというのだ。

「オイ。何か写ってたかい?こっちにも見せてくれよ」

N子には男性の同窓生がそう言って、のぞき込もうとするのが耳にも目にも入らないようだった。いや。何も耳にも目にも、入っていなかったのかもしれない。

「………………」

彼女は――それは、ほとんど無意識の行為のようだったが――無言で写真をもとどおり封筒に入れた。ゆっくりと、ほんとうにゆっくりと。その指先は震えていた。水沼さんは、その点を断言できるのだった。

「……帰らなくちゃ。私……」

N子は、放心したみたいな口調で、そう言った。ついさっきまでの彼女と同一人物とはとても思えない、小さな――小さな声であった。

「えっ、ちょっと」

「どうしちゃったのよ」

何人かが、わけがわからず立ち上がった彼女を引きとめようとしたが、N子はその手を振り払った。その力は――ふつうでは、なかった。

「帰らなくちゃ……」

そして、背中を向けた。あの写真の入った封筒を握りしめたまま。

生気というもののまるで感じられない、寂しい、頼りない背中が――ふらふらと遠ざかってゆく……。

踏み込まなければ、それにこしたことはない世界

結果から言えば――同窓会の会場に現れた眼帯の女性が何者かは、わからない。

無関係の第三者であることだけは疑いようもないが、たしかなのはそれだけだ。まるで、すきま風のように入り込んできて、去っていった。そうだ。通り魔が通り抜けていったとしか言いようがない。

それよりも、現実に問題なのはN子であった。あの同窓会の日を境にして、ふっつりと連絡がとれなくなったというのだ。どうも、実家のほうに帰っているらしい。が、そちらに問い合わせても、家人は言葉を濁して取り次いでくれないという。

水沼さんには漠然とだが、N子の現在の境遇が想像できるのだった。

………………だから。

「……だから、こういう話題を面白がるのって、よくないと思うの。まして百物語なんて」

水沼さんはそう、同僚たちに言うのだった。それに、心霊関係の話題で盛り上がっている人々のそばにいると、またあの女が知らない間に席についている気がして、たまらないのだとも。あの、眼帯をつけていないほうの目を、きろっと光らせる、まがまがしい笑みの女が。

……水沼さんの職場では、以来、百物語をやろうなどと言い出す者は皆無だ。

常識論で考えれば、水沼さん一人に限って言えば、くだらないタブーにこだわっている――それで片づけられないわけでは、ない。世間には、いくらでも変人奇人のたぐいがいるし、そういった連中が多人数の催しに、まぎれ込んでくる……ありそうなことだ。旧友と疎遠になったのも、タイミングがたまたま合ったまでのことだ、と。

そう、水沼さんはタブーに縛られているかもしれない。しかしながら、そのほうがいい場合もある。踏み込まなければ、それに越したことはないという世界も。

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