不良物件② どこかにいる……(岡山県) | コワイハナシ47

不良物件② どこかにいる……(岡山県)

「何か」が、そこにいる

不動産業を営んでいる森光さんは、自分の事務所の応接間で――語る。

『ああ、不良物件ね。そりゃあ、あるさ。どこでも多少は抱えているだろうさ。何だって?清酒?ああ、あれね。フフン。そういう関係の不良物件か』

森光さんは、恰幅のいい五〇代の男性であった。ヘビースモーカーらしく、もう次のタバコに火をつけている。

『……いわくのある物件のなかに、清酒の一升瓶を一晩置いておいて、物件の希望者に飲ませるって、アレだろう?最初はどこから始まったのか知らないけれど、有名になったなあ――アレ』

ふつうの者が飲んでも、何ともない。けれども霊感――まあ呼び名は何でもいいわけだが、ふつうではない資質を持つ人間が飲むと、鉄錆……つまり血の味がして、とても飲めたしろものではないのだという。業界では、酒に対して異常を訴えた客には、お引き取りを願う。そのときはよくても、あとでトラブルになる確率が非常に高いためだ。この「テスト」は、不動産売買や賃貸業界だけではなく、事故車等を扱う業界でも恒例なのだとか。……噓か本当かはわからないが。

『ウン。聞いてるよ。でも、俺のところでは、やらない。知り合いでも、やっているって話は、ないな。あれも都市伝説ってヤツかね?けどね。転がしているわけでもないのに、何度も戻ってくる物件てやつなら、知ってるよ。これも俺のところのじゃないんだけどね……』

……その家は、姫路に近い某市の住宅地にあり、築数年で売りに出された。もともとは近くに住んでいる大家が、親戚同然に交流していた友人の老夫婦に好意で貸していた、家と土地なのだという。タダ同然で貸していたのだが、家屋のほうが老朽化していたため、思いきって新築をした。その直後に老夫婦は相次いで亡くなってしまったのだとか。

『別に自殺でも変死でもない。自然死さ。お迎えが、きたってだけさ。ところが大家も高齢でね。大家の家でもいろいろゴタゴタが、あったらしいね。その近辺では資産家で通っていたらしいが――資産ってヤツは、いろいろハエやらハイエナやらを引き寄せるからね。結局、家ごと売りに出しちまった』

最初に、その家を買ったのは、思春期の一人娘がいる一家だった。

『なにしろ、イイ家だったからね。建てたばかりだし、設備も最新。老人に優しい設計だったから、いたれりつくせりさ。外観も明るい感じの二階建てでね。……イイ家だったよ』

………………ところが、だ。

その一家の一人娘が、こんなことを言い出した。

『この家は呪われている――とね』

森光さんは、三本めのタバコに火をつけると、すーっと紫煙を天井に吹くのだった。

……娘の部屋は二階の階段を、のぼりきったところにあった。で、彼女がその部屋にいると――あるいは、ベッドに入って夜中に目をさますと――「何か」が階段をあがってくる気配が、する。

それも、ふつうの気配ではない。

ずるり、ずるりと……身をよじり、のたくりながら、少しずつ……少しずつ……何かが近づいてくる。そう、虫のように、だ。大きな芋虫のように、だ。

そうして、それはドアの前までやってくると、じっと部屋のなかをうかがっている――いつまででも。

娘は、最初は錯覚だと思った。思いきってドアを開けても――何も、そこにはいない。そのくり返しだったから。けれど気配は、執拗に続いた。昼間や、両親が起きている時間は、まだよかった。夜中に気配でハッと目がさめると………………言葉では言いつくせない恐怖に襲われる。……おそろしい。ドア一枚を隔てて「何か」が、そこにいる。

もしも、部屋のなかまで入ってきたなら。常夜灯の明かりで鈍く光るドアのノブが、ゆっくりと回されているように見える……。

『両親は最初はまったく、とりあわなかったんだけどね。娘があんまり真剣に――それも、くどく言い続けるものだからさ。気のせいだと諌めたり、そんなものは、いるはずもないと理屈を並べたりしたそうだ。ま、あまり――というよりも、まったく役には立たなかったらしいね。理屈ってやつは』

……娘は、しだいにエキセントリックになっていったそうだ。

『霊をはらうとか称して、そのあたりのものをガンガンやり出したそうだよ。金槌やら何やらでね、手当たりしだいにブッ叩いて――手がつけられなくなった。近所にも暴れるのが、まる聞こえさ。外聞?たしかに悪いさ。けど、外聞以前に娘は家で生活できる状態じゃなくなってた。一家がどこに行ったか――それは知らない。娘が、どこに連れられていったか――それもね。とにかく家は売物件ということになった。俺が知る限りじゃ、これが始まりでね』

寝ていると、誰かが首をしめにくる……

フーッと、また紫煙が吹き出される。

『イイ家だからね。買い手はすぐについたってさ。駅も近いし、大きなスーパーも近くにある。駅前には医者もひととおり開業してるしね。生活には何の不便も、なし』

フ――ッ。

『買い手は親子だったってか。六〇歳くらいの母親と三〇歳くらいの、その息子。どっちが財布の紐を握っているか知らないがね。もっとも息子のほうは無職だったそうだ。ま、そういったことは、どうでもいいことでね。手続きに遺漏がなくて、払うものを払ってくれさえすれば』

……一ヵ月ほどは何事も、なかったらしい。が、やがて母親のほうが異常を訴え出した。寝ていると、誰かが首をしめにくるというのだ……。暗い部屋のなかを誰かが歩きまわり、あげくに自分の首をしめにくる――そう訴えるのである。

息子は、それを老人特有の妄想か何かだと解釈していたようだ……たぶん。

彼は無職ではあったが、家を空けることが多かった。どこに行っていたかはわからない。夜も遅く帰ってきたり、こなかったりで――事実上、母親は一人暮らしに近かった。そして彼女は夢とも現実ともつかない「何か」に苦しめられ続けた。相談しようにも、近所にはまだ気やすい相手はいない。息子は、そのあたりにほとんどいない……。

『母親はね、ベランダに立って夜昼の別なく、近所中に響きわたる声で叫ぶようになったそうだ。首を、しめられるぅ。しめられるぅ!……とね』

通報する人もあって、警察沙汰になりかけたらしい。もっともなことだ。自治会の人間が警官立ち会いのもと、家のなかに入ったこともあるらしい。

『すると、当の母親は、きょとんとしているし、ようやく帰ってきた息子は母親は寝ぼけただけだと言うしでね。押し問答さ。人騒がせだと思うだろ?俺も、そう思うよ。これが一度や二度じゃなくてね。息子のほうもさすがにいづらくなってきたんだろうな。親戚連中も寄り集まって、母親は施設に入れられたって話だ。気の毒に。……で、家は、またしても売物件に逆戻り、さ』

フ――ッ。

事務所の外は、雨が降っていた。窓を時々風とともに雨が叩く。ぴしゃぴしゃとかすかな音がするなかで、森光さんは話を続ける……。

確実に神経を少しずつ切り刻んでゆくできごと

『次にその家に入ったのは、若い夫婦だった。赤ん坊もいたっけな。歌にあるような幸せそうな夫婦者さ。犬はいなかったと思うけどね』

幸せそうな――しかし森光さんに言わせれば、その幸せにヒビが入るのに時間はかからなかったようだ。

『奥さんが、見たって言うのさ。何をって?……布団か何かを干しに庭に出ていたらしいね。そうしたら、通風のために開けていた窓が、スーッと閉められたそうだ。言っておくけど、かんかん照りの、真っ昼間でね。平日だから勤め人の旦那は家にはいない。子供は家のなかで寝かされているけれど、赤ん坊に窓が閉められるわけが、ない。もちろん風や車の振動程度で閉まるしろものじゃあ、ない……』

彼女は、誰か不審な者が家のなかに入り込んだのでは?と考えた。物騒な世の中だ。住宅地でも不審者は、いくらでもうろついている……。

『怖かったけど、たしかめないわけにはいかなかった。家のなかでは赤ん坊が寝てるしさ。で、勇気をふりしぼって屋内に入って――調べてみた。すると』

階下は誰もいなかった。赤ん坊が、すやすやと眠っているだけだ。念のために階上も、おそるおそる調べてみる――が、結果は同じだった。

彼女は、わけがわからなくなった。だったら――いったい、何者が窓を閉めたのか?

『こいつを皮切りにして――奥さん、ちょくちょく何かを見聞きするように、なっていったというんだな……』

たとえば彼女が風呂場にいて、洗髪しているとする。すると、背後の引き戸が、

バーン!

と凄い音をたてて開くのだそうだ。……いや、少なくとも開く音が響きわたる。それで驚いた彼女が背後を見ると――――――戸は閉まったままなのだ……。

あるいはベランダで洗濯物を干していると、サッシの向こうから、こちらをじっと見ているものがいる。チラッとそれは見えて、すぐに引っ込んでしまうのだそうだ。あわてて室内に戻ってみても――そこには誰もいは、しない。何がいたにせよ影も形もない……。

『例によって例のごとく――そう、最初の一家の娘や次の親子の母親みたいに、奥さんは旦那に訴えた。うす気味のわるいことごとを、ね。しかしまったく信じてはもらえなかった。旦那のほうはまったく何も感じては、いなかったそうだからさ。いつもそうなんだ。ヤラれるのは、いつも家族で一人だけでね。そう。いつもそうさ……』

奥さんは、孤独感を深めていった。その間にも細かい――いや、だからこそ神経を苛むことごとは続いたのだった。得体の知れない、そうして確実に神経を少しずつ少しずつ切り刻んでゆくできごとは……。

『育児疲れもあったんだろうが――話すことと言ったら押し入れが勝手に開いたり閉まったりしたとか、トイレのなかで誰もいないのに水を流す音がするとか、そんなことばっかりでね。旦那もいいかげん、うんざりしていたみたいだね。昼間は仕事で家には、いない。帰ってきたら帰ってきたで聞かされるのはアレじみた話ばっかりじゃあなあ。まいらないほうが、どうかしてる。……ま、先にイっちゃったのは、やはりヤラれた奥さんのほうだったけどね』

……ある夜。寝室で旦那さんがふと目をさますと――奥さんが暗がりに、ぼうっと立っている。影のように。

「どうしたんだ?」

と、たずねても何も答えない。で、上半身を起こして奥さんをまじまじと見た旦那さんは、

「ひあっ」

と声を、あげたという。

奥さんの右手には、暗がりでも鈍い光を放つ包丁が握りしめられていたのだ……。彼女は、何とか取り押さえられた。騒動で駆けつけた近所の人たちの前で、彼女は、

「どこかにいる……どこかにいるのよ。どうして……どうしてわかってくれないの……」

と、うつろな顔でつぶやき続けていたという……。

フ――ッ。

『いや、イイ家なんだけどね。本当、新しくて明るくてね。駅も近いし、スーパーも歩いていける。生活上、何の不便もない。子供が大きくなったら――仮になれたらだけどね――学校だってすぐ近くだ。ウン。本当、イイ家なんだけどねえ。

今も売物件のフラッグが立っていると思うよ。検索してみようか?たぶん、そうだから』

森光さんは、ぴしゃぴしゃという雨音のなか、手にしていたタバコを灰皿でもみ消しながら、つけ加えた。

『不良物件ではあるけれど――イイ物件さ。……そうだろう。血なまぐさいことがあったわけでも何でもない。これからは、どうか知らないけどね。なんなら――紹介しようか……?』

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