人を呪わば① 線路脇の小屋(和歌山県) | コワイハナシ47

人を呪わば① 線路脇の小屋(和歌山県)

線路脇の無人の小屋

高度経済成長期の頂点も近い、昭和四〇年前後のことだそうだ。和歌山県の有名な×××寺の近くだということだが。

……ある兄弟が、いた。

よく双子と間違われるほど二人は、顔つきも背格好も似通っていた。が、性格はまったく正反対なのであった。

兄は物事に対し慎重をとおりこして臆病ともいえた。けれども勉学はよくできるのであった。当時、一流と呼ばれる県外の大学にやすやすと合格し、今度は一流の企業に就職することが決まっていた。

それに対して弟のほうは、何事にも積極的で、そうして大胆であった。ただ過ぎたるは及ばざるがごとし――その大胆さが度を過ぎているのだった。大学どころか高校をとっくの昔に退学となり、生活は荒みきっていた。まだ、はたちかそこいらであったのに、すでに女性関係で何度もトラブルを起こし、犯罪の境界線を綱渡りし続け、親からは勘当寸前というありさまだった。

兄と弟は自然、仲が悪かった。さすがにもう、とっ組み合いの喧嘩をする年齢ではなかったけれども、それはあくまでも表面上のことだけで、両者の間は険悪そのものなのである。

そんな二人が、正月に実家で顔を合わせた。別に合わせたくて合わせたのでは、ない。兄のほうは就職が決まった報告と、祝いの席に参加するための帰郷――そして弟はといえば、金の無心にきていたのである。

二人は当然のように、お互いを無視して数日を過ごした。

……ところで彼らの実家は寺の門前町とは少し離れていて、寂しいところにあった。近所には田や畑のほうが民家よりも、ずっと多い。すぐそばを鉄道の線路が通っていたが――運行数は一日に数えるほどであった。

この線路には踏切らしい踏切が、なかった。いや、門前町のほうにはあったのだが、兄弟の実家の近くにあるのは田舎道と交わっているところに設けられた、通路とでも言おうか。表面が真っ黒な太い木が、いくつもいくつも埋められて――その上を渡っていける。ただし遮断機などは影も形もない。渡る人間は左右を十二分に確認する必要があった。もっとも家畜ならともかく、一日に数えるほどの運行数では、事故などまず起こる道理もなかったが。

ただ、遮断機が見当たらないかわりに、この踏切には妙なものが、くっついていた。

小屋である。いや――箱と形容するほうが適切か……。とにかく畳一枚分ほどの、ちいさな小屋がそこに立っていたわけだ。

なぜ、そんなものが設けられているのか。以前は番人がそこにいて、踏切を列車が通るたびに通行人と運転手に手旗などで、注意をうながしていたのかもしれない。それが運行数が減っていくにつれて廃止されたのかもしれない。あるいは、線路保全のための資材か用具を管理するために、そういった小屋が一定の距離を置いて設けられる決まりになっていたのかも……。

まあ用途は、とりあえず置いておこう。事実として小屋は放置されていて、無人であり、戸は頑丈であったが鍵は、かけられてはいなかった。なかに入ろうと思えば誰でも入れる。入れるのだが……入ったところで何もありはしないのである。汚く曇った、ちいさなガラス窓が一つあるだけだ。あまりにもつまらなくて、子供だって寄りつかない。ただ――それだけのものなのであった。

胸に芽生えたある 悪戯心

……ある夜。くさくさしていた弟のほうは、酒でも飲みにいこうと田舎道を歩いていた。正月だというのに、実家では弟に酒をふるまうつもりは、まったくなかった。自業自得とはいえ、家の人間の、早く厄介払いをしたいというあからさまな態度は、弟にとって腹にすえかねるものであった。

月が明るく夜道を照らしていた。街灯らしい街灯はなかったが、勝手知ったることもあって、歩くのに何の不自由もない。と、ポケットに手をつっ込んで歩いていた弟の目に、向こうからやってくる人影が映った。

………………兄だ。

(ご機嫌な様子で、いやがる……)

おそらく、近くの親戚のところにでも呼ばれて、ふるまい酒でも飲んできた帰りなのだろう。陽気な鼻歌が聞こえてきて、弟はよけいにむしゃくしゃした。

(ここで、叩きのめしてやろうか?)

弟は一瞬そんな思いに駆られたりもしたが、仮に実行できたとしても、後で家中――いや下手をすると近所中の人間から倍返し三倍返しを受けるのは目に見えていた。彼は近辺のハナツマミ者であったから、きっかけさえあれば実力行使をしたいと思っている者は、ごまんといるのである。

兄と、すれ違うだけでも胸クソが悪いが――そうするしかなかった。

と、そんな弟の目に入ってきたのが、例の線路脇の小屋であった。彼は、ちょうど線路に、さしかかっていたのである。

ここで、弟の胸にある悪戯心が芽生えた。もちろん兄が一般人よりも、ずっと、小さな肝ったまなのを念頭に置いての上で……。

(あの線路脇の小屋に俺が入って――戸を開け放しておいたらどうだろう。肝ったまが小さいくせに、好奇心の強い兄貴のことだ。たぶん変に思って、のぞき込むに違いない。そこで俺が暗がりに、ぼうっと何も言わずに立っていたなら――あいつ、どう考えるかな?早合点しやがるかな?首つりに?幽霊に?……ちょっと面白いな。ずいぶん面白くなるかも、な。あんちくしょうめ……)

弟は、さっそく足音をしのばせて小屋に近寄り、戸を一杯に開けた。ほろ酔いの向こうは、気がつかないはずだった。そこでなかに入り込み、できるだけ首をうなだれ――待っていた。

(さあこい。早くこい)

やがて――足音と鼻歌とが近づいてきた。そして、弟が思ったとおり、それは小屋の手前で……止まった。

(ようし。いいぞ)

人影が、戸に手をかけた。そして人相のわからない顔が、こちらに、おそるおそるという感じで突き出された。

顔は、じっとこちらを見つめ、そのまま沈黙があった。

「………………」

だっ!と人影は無言のまま走り出した。脱兎のごとくという言葉があるが、まったくウサギが跳ねるみたいな、人としては情けない走り方であった。手と足とが、からまりそうであった。いや、実際からまったのであろう。どさっ、と転げる音が、何度も聞こえてきた。

くくくくっ。キキキキキキ!

弟は、曇った窓越しに兄の醜態を存分に見物しながら――小屋のなかで押し殺した笑いを漏らしていた。盛大に笑うと自分であることがわかってしまうかもしれない。だから、腹の皮がよじれそうになりながら、笑いを押し殺し、そうなるとよけいに笑いたくなるのであった。

(何だ。あの、ありさまは。あれが家で、出世頭と祭り上げられている男の姿か?笑っちまうぜ!何が秀才だ!一流だ!ただの――腰抜けの――臆病者だって。馬鹿が!!)

気分が、よかった。腹は痛いが、苦痛の痛さではない。実に気分がいい……?

もう一組の脚があった……

前屈みになって笑っていた弟は、ふと自分の脚の間を見た。

「……?」

右と左の脚の間に――――――もう一組の脚が、あった。

弟の笑いが、止まった。

窓と戸口から差し込む月の光。それに照らされて、汚れた素足が、ぼうと浮かびあがっている。何かで、ぐちゃぐちゃに汚れた、二本の痩せた素足。それが背後の壁際に……見える。

弟の頭のなかが、急激に冷え始めた。

(俺の後ろに、誰か――いる?)

ありえない。ありえないことだった。小屋に入るときに隅から隅まで見たのだ。いや、しげしげと隅から隅まで見るほどの広さでは、ない。一瞥して誰もいないことはわかったし、現に今まで自分一人きりだった。

だったら何者かが、どこかに隠れていたとでも?……無理だ。何かが、今まで隠れていられるよけいなスペースなど、ありはしない。そもそも、身を隠す物というものが何一つないのだ、ここは。

(だとすると)

………………だとすると?

首筋が、うすら寒かった。夜気のせいでは、ない。けっして、ない。

弟は、ごきりごきりと首をねじ向けていった。「そこ」に向けたくは、なかった。振り返ってはいけないことは、わかっていた。しかし向けずには、いられなかった。

「――――――!!」

やがて――線路脇の小さな小屋のなかで、何かが壁にごつんと当たり、続いてズズッと倒れる音がした。

兄は、弟を見て走り出したのでは、なかった。弟の、その向こうにいる「もの」を見て、必死に駆け出したのであった……。

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