黒簞笥(大阪府) | コワイハナシ47

黒簞笥(大阪府)

若手漫才師のAさんが引っ越したくて部屋を探していた時だった。

先輩の落語家さんから、「俺が今住んでるアパートに来こやへんか。俺、結婚するんで引っ越すんねん。そこに住みいな。ほなら敷金とか払わんでもええしな」と連絡があった。

それは助かると、Aさんは落語家さんのあとを引き継ぐ形でそのアパートに引っ越したのである。

越した部屋には、八段もある黒塗りの簞笥がひとつ残されていた。

古くて、かなり大きなものだ。

「兄さん、こない立派な簞笥持っていかはれへんのですか?」と電話すると「うーん、それ、あげるわ。あっても邪魔にはならんやろ。それにええ簞笥やで、使いいな」と言う。

それで黒簞笥はそのまま使うことにした。

ところが、引っ越したその晩から妙な寝苦しさを感じるようになった。

最初のうちは新しい部屋に慣れてないからだと思っていたが、毎晩同じ寝苦しさなのは変だと思いはじめた。

寝ようとすると、急に部屋が狭く感じはじめる。その狭苦しさは、なにか狭い巣の中で大きな生き物の隣にいるような雰囲気だった。

苦しさに耐えかねて明かりをつけると、いつも横の黒簞笥が目に入る。

どうやらこの黒簞笥がおかしいと思うようになった。

明かりがある時は何事もない。しかし、明かりを消して布団に入ると、部屋の空気が一変する。部屋の隅の方からどんより重くのしかかる。そのままにしておくと、黒く大きなものが、とぐろを巻いて立ち上ってくるような気配を感じる。

起き上がって明かりをつけると、空気はすっと元に戻る。

しばらくすると、いつの間にか八段ある簞笥の引き出しが必ずいくつか少し開くようになった。

それを閉じて明かりを消すと、また簞笥から得体の知れない気配が来る。

こんなことが毎夜続くものだから、とうとう部屋に帰るのが怖くなり、友人の家を泊まり歩くようになった。

ある日、部屋を譲ってくれた落語家さんの新婚御披露目パーティが開かれた。

Aさんはそのパーティで、奥さんから声をかけられた。

「A君、あの黒簞笥使ってる?」

「はあ、一応」

「大丈夫?あの簞笥から出てくるでしょ?」

「えッ!」

そこへ突然落語家さんが血相を変えて飛んできて「あほ。A君なにも知らんねんから、いらんこと言いな」と話を遮った。

「あの簞笥、なにか出るんですか?」

「いやいや、なんでもないねんて。気にしなや、なっ」

やっぱり簞笥かと確信した。

Aさんはすぐ引っ越した。が、黒簞笥は部屋に置いてきた。

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