臨終近し(長野県) | コワイハナシ47

臨終近し(長野県)

おじいさんの部屋にいたもの

女性イラストレイターの古庄さんの、子供時代のできごとだという。

……長野にいる、おじいさんが倒れたというので彼女は両親に連れられて田舎に帰った。おじいさんは、数年前から持病のぐあいがよくなかった。

そうして、今度はもう、助からないということだった。

初夏で、なまぬるい風が時折、

すうっ

と吹く、夕暮れである。

おじいさんは、すでに意識はなかったけれど、以前からの本人の希望で庭の見える和室に寝かされていた。彼は庭を散策するのが日課であった。植えられた木や花を、それはそれはかわいがっていたのだ。

奥の間では親戚たちが集まっていた。が、場合が場合なので誰も古庄さんをかまってはくれない。それで彼女は、なんとなく、おじいさんの寝かされている部屋に入り込んで布団のそばに座っていた。ずっとそうやって座っていた。

す――っ

す――っ。す――っ。す――っ。……ずずずっ。すーっ。すーっ。すーっ

病人の息は静かで、ときおりとぎれ、とまっているようにも思える。

部屋の外からは、野鳥の声が響いてきた。

遊びにも行けず遊び相手もいない古庄さんは、することもなかったので一人で、あやとりのまねごとをしていた。

と、そんな彼女の手の動きが、とまった。

その目は、一枚の畳のへりの部分を見つめていた。

畳と畳の間には、ほんのわずかではあるけれど隙間がある。灰色の綿埃がたまりがちな、あの隙間だ。

灰色の埃が、うっすらと、たまっているところ。そこに動くものがあった。細くて、長いものだった。長い長いものであった。………………と、古庄さんは振り返ってみて言う。

しかし、蛇などではない。蛇ならば子供の古庄さんでも、よく知っていた。

もっとずっと、小さくて細い。なら、ミミズ?あるいはカマキリに寄生するハリガネムシ?そういった、虫のたぐい、なのだろうか?

違うのだと、古庄さんは断言するのである。「あれ」はそんなものではなかった――そんなものなどでは。

固まりかけた血糊のような……

それは、とにかく真っ赤であった。真っ赤で……尋常でないくらい細かった。

糸を引いた血の筋のようだった。固まりかけた血糊のような。いや――病人の吐いた血痰のような。

けれども、それは、しきりに動いて這いずっている……?

そうして、それは手も足もないのに、頭もなければ目と思えるところもないのに、

ずるずるずる………………ずるっ

と、畳の上に這い出して、くねりながら、おじいさんのところにたどりついたのだった。

それから、おじいさんの耳の穴の奥に、

ずるり

と、もぐり込んでしまった。そうだ。人の体のなかに、だ。

(うわっ!)

エサを見つけた「しで虫」が、腐りかけの肉のなかに喜々として、もぐり込むような………………そんな、光景であった。

あっという間の、できごとだった。

「小さい子じゃあるまいし、そんなに引き出しを開けたり閉めたりしないでくれ」

と、そのとき、おじいさんは、はっきりと言った。

その、あぶらっけのない白髪の頭が、ぐらんぐらん……と左右に激しく揺れた。

ぱたぱたぱたぱたぱた

子供心に異常を感じた古庄さんは、立ち上がると、急いで両親を呼びに行った。あとには、あやとりのヒモだけが畳の上に残された。

おじいさんは、それから三日間は生きていた。

結局、意識は戻らなかった。

古庄さんの言うことは、もちろん誰も問題にしなかった。

わざわざ呼びに行った両親からは、ひどく怒られて、べそをかいた彼女だった。けれども古庄さんは、そのときのできことは、今でもよく思い出せる。

とてもよく思い出せるのだ。

そうして。

自分が、もしものときには、あらかじめ耳に何か――つめておいてもらおうと彼女が思っているのは、その子供の頃の記憶によるところが大きいのだという。

シェアする

フォローする