和人形(大阪府) | コワイハナシ47

和人形(大阪府)

和人形その一(大阪府)

Kさんは小学校二年生まで、大阪府のK市に住んでいた。

通学路の途中、長い塀が続く場所があった。

その塀が角になって曲がるところに、いつの頃からか大きな穴が開いて、中をのぞくことができた。

穴からは広い空き地が見えた。

ある日、ユキムラ君とカゲヨシ君というふたりの友だちと一緒に、その穴から塀の中に探検に入ってみた。

すると穴からは見えなかったが、空き地の奥に平屋建ての家があった。

近づいてみると、火事で家の半分が消失していた。

玄関や外壁が焼け落ちていて、外から家の中が丸見えになっていた。

吹きさらしの中に入ってみると、柱や天井が黒焦げだ。

外からの見た目に比べて、中の荒れ具合はかなりひどいものだった。

畳も腐って穴が開き床板が見える。ほとんど骨や枠だけになった襖ふすまや障子、割れて散乱しているガラス。そんな中を、「おっ、こんなんある!」とか、「変なもん見つけた!」とか言いながら、探検して歩いた。

三人の探検隊は奥に進むにつれて調子に乗って、それぞれが好きな方へと足を進めていった。

Kさんは他の部屋に行ってみようと廊下に出た。その突き当たりに簞たん笥すを発見した。家と違って造りが丈夫にできていたからか、周囲があまりにひどい惨状だったためか、妙に新しく見えた。

中に何が入っているのだろうと引き出しを開けてみると、当たり前のように衣類がつまっていた。

中からふわっと衣装簞笥独特の、防虫剤の混じった匂いがただよった。

この中だけは火事になる前の生活がそのまま残っているように思えたという。

よく見ると折りたたまれた衣類の間から、煙で煤すすけてボロボロになった和人形の顔がのぞいている。

衣類が煤けていないのに、どうしてこの人形だけが煤けているのだろう?

まるで人形が火事から逃げるために簞笥の中にもぐりこんだように見える。

少し焼けたおかっぱ頭に、細くつりあがった目。

顔が怖いだけでなく、自分で妙な想像をしたために、かえって気持ち悪く感じた。

そうだ、ユキムラとカゲヨシは?と周りを見回したが見当たらない。

ふたりにもこの人形を見せてやろうと、再び部屋の中に入った。

ふたりを案内して簞笥の前に立って驚いた。

人形が、衣類を跳ねのけてむくっと起き上がっている。

ふたりとも、起き上がって上半身を見せている人形を見て、「この人形か?ほんまに気色悪いなぁ」と言うが、Kさんはそれどころではなかった。

「あの人形、さっきまでは引き出しの中で寝とったんや、自分で勝手に起き上がったんや」

Kさんが言うと、ふたりの顔から血の気が引いた。

誰からともなく、「この人形生きてるみたいや」と呟つぶやくと、三人とも怖くなって全力で逃げ出したという。

和人形その二

翌日、Kさんたち三人はクラスでこの話を持ち出した。あれほど怖かった体験も、一夜明けると危険をくぐり抜けた冒険談のように思えたからだ。

話を面白くしすぎた。その人形を見たいという子が出てきたのだ。

話のなりゆきで、三人ともあとに引けなくなった。

仕方なく学校帰りにその家に再び入ることになった。

メンバーは昨日の三人に、もうふたりが加わって五人になった。

今回は探検が目的ではない。

Kさんたちは人形の入っていた簞笥が置いてある、廊下の突き当たりを目指した。

部屋を抜けて廊下に出ると、あの簞笥があった。引き出しは昨日のまま、開き放しになっている。

案内役のKさんたち三人はぎょっとした。

起き上がっているはずの人形がいない。

怖さの実感のないふたりは、すぐさま簞笥に近寄って中を見るなり、「ないやんか?人形どこいったん?」と騒ぎたてる。

人形が見えないのなら衣類の中に入っているはずだ。Kさんたちは、簞笥の中を確かめに近づいた。

ない。確かにない。あんな煤けた人形を持っていく人がいるのか?と三人で顔を見合わせた。

すると、簞笥がギシギシと小刻みに震え出した。

おい、上!とユキムラが指さした。

いつの間にか簞笥の上に、和人形が置いてある。

まさか!さっきはいなかった。

ギシギシと簞笥が前後に震えて、それに合わせるかのように人形の髪が震える。

逃げ出したいが、怖くて足が動かない。

その時うしろの部屋のずっと奥から、あははははと女の子の笑い声がした。

もう駄目だと思ったKさんたちの目の前に、人形がゴトッと落ちてきた。

わあ!体が動いた!!

五人が必死に逃げ帰ったあとは、Kさんは誰かに話すこともその空き地に入ることも二度となかったという。

ところが、そのあと他の四人の誰かがこのことを親に話したらしく、それが学校関係者、町内会へと伝わり、市の教育委員会で取り上げられるまでに広がって、大きな騒ぎになった。

ほどなくして、Kさんはお父さんの仕事の関係で、同じ大阪の摂津市へと引っ越した。

カゲヨシ君

何年かしてKさんは大阪市内の大学に進んだ。

アパートで独り住まいをはじめたので、学費と生活費を稼ぐために、近くの本屋でアルバイトをしていた。

ある日注文書の中に〝カゲヨシ〟という名前を見つけた。

カゲヨシ。あまり見かけない名前なので、まさかとは思いながらも、懐かしい名前が心に残った。

ある日、ひとりの男性が注文した本を取りに来た。

レジカウンターのうしろの棚にある本を取り出すと、輪ゴムに挟んである注文書に〝カゲヨシ〟とあった。

お客様、カゲヨシ様でいらっしゃいますね、と尋ねると、男性はそうだと頷うなずいた。

その顔にはいまだ小学生時代の面影が残されている。

「あの私、Kと申しますが」と続けると、いぶかし気だった顔がぱっと明るくなった。

「K?Kか!ほんまやKやないか!いや、懐かしいなぁ。俺、今この近くに住んでるねん、お前は?」

昔のカゲヨシに戻ったように語りかけてくれた。

偶然の再会にふたりは懐かしがった。「ところでな」と、Kさんは例の人形の話を振った。

他の人ならともかく、ふたりの最も思い出深い出来事はあの人形のことだった。

それにどうしてもあの人形が動いた、いや、まるで生きていたという記憶を確かめたかったのだ。

一瞬にしてカゲヨシは顔を険しくして、そんな人形なんか知らんという。

そんなはずはない、俺ははっきり覚えとる、と言っても、知らんの一点張り。

「そうや、ユキムラや!ユキムラも一緒やったやないか。それになんやあれからえらい騒ぎになったやないか。俺は途中でこっちに引っ越したからそのあとのことはよう知らんけど、確かお前んとこの親父さんかて、えらい怒っとったやないか」

するとカゲヨシはしばらく黙って、……そこまで覚えているのならと、こんな話をしだした。

あのあと学校で、人形が怖いとか放っておけばあんな空き家は暴走族の溜たまり場になるなどと、やたらと騒がれはじめた。

特に女の子たちが下校の時や塾に通うのを怖がって、父兄の間でも問題になった。

それが町内会や教育委員会でも取り上げられ、いつまでもあんな廃屋を放置しておくからいけないんだと市役所に撤去するように求めたのだ。

そのあたりまでは知っていた。

そして、あの家は撤去されたのだという。

「そうか……。なくなったんか……。せやったら、俺が引っ越したすぐあとに家も人形もなくなって終わりになったんやな」と呟つぶやいた。

「終わらんかったんや!」

突然、カゲヨシは怒ったように言い放った。

市役所からカゲヨシの家に、撤去作業の終了を告げる電話があった。

その夜のことだったという。

お父さんも、やっと片付いたかとほっとして喜んだ。

食事を終えて、父母、姉と家族そろってテレビを見ていると、どこからか、ト、ト、トと何かがゆっくり近づいてくる小さな物音がする。

何の音?とお母さんが気がついた。

人の足音でもないし、猫やネズミでもなさそうだが、どうやら音は廊下からする。

お父さんが、「どれ、わしが見たる」と襖を開けて、暗い廊下をのぞいた。

「うわっ!」と声をあげたお父さんが、襖をすごい勢いで閉めた。

お母さんが、「どないしたんお父さん、何があったん?」と聞く。

音はまだ近づいてくる。

「何やいうのん?」とお母さんが襖を開けようとすると、「やめとけ、見るな」とお父さんは首を振った。

「ええから見せてよ、泥棒とちゃうんでしょ」とお母さんが開けると何もない。

いつの間にか音は止まっていた。

お父さんは荒い息になって、「何もおらんか?」と言いながら青い顔をしている。

そのあと、「おい、テレビの音もっと大きくしてくれ」と言って煙草をいつもよりたくさん吸っていた。

その夜、カゲヨンはなぜかお父さんにトイレの前に連れて行かれて、「お前の見た人形ってどんなんやったか、もういっぺん詳しく話してみ」と言われた。

言われるままに空き家で見た人形の説明をしたが、話し終わる前に、「もうええ、寝ろ」と怒られた。

次の日の夜、また廊下から音が聞こえだした。

途端にお父さんが立ち上がった。

ところが、その音が、昨夜とは違う。

バタッ、トン、バタッ、トン……。

廊下の何かが、天井に当たって、落ちて、また天井に当たって……を繰り返している音のようだったという。

まさか、と言ってお父さんが襖を開けて廊下に出た。

昨日のことがあったのでカゲヨシもお母さんも、お姉さんも、廊下に出てお父さんのうしろから音の主を見た。

あの煤すすけた人形が飛び上がって天井にトンと当たると、バタッと廊下に落ちた。そしてまた……。

「わあーっ」と全員悲鳴をあげて、テレビも電気もそのままに勝手口から家を出て、その日は旅館に泊まった。カゲヨシも姉もお母さんもそれ以来家には戻っていないというのだ。

それからが大変だったという。

すぐに摂津市の親戚を頼って、新しい家を見つけてもらった。お父さんは会社を休み、業者に頼んで昼間のうちに引っ越したのだという。

そやけど、何でその人形、お前の家に出たんや?とKさんは尋ねた。

しばらく黙って、あのな、あの家潰せ言うて市役所に運動起こしたリーダーが、うちの親父やったんや。もう、あれは思い出したくないわ、と本を小脇に挟み直した。

また来る、と本屋を出たカゲヨシは、二度と姿を現さなかった。

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