安い家(大阪市浪速区) | コワイハナシ47

安い家(大阪市浪速区)

Tさんが大阪の日本橋界隈の裏通りを歩いていた時のことだ。

ふと、電柱にある張り紙が目に入った。

〝中古一軒家、三階建て保証金十五万家賃五万〟

「安っ!」

住所を見るとこのすぐ近くだ。

Tさんはちょうど独り住まいを考えていたところだ。

独りで暮らすには広すぎると思うが、一軒家だとアパートとちがってわずらわしいつき合いがなさそうだ。

早速、その張り紙のある家を見に行ってみた。

中古とあったが、かなり古く傷みもはげしい。しかし確かに三階建ての一軒家だ。そのためか縦に長い。

それにしても安い。裏通りとはいえ、仮にもここは大阪ミナミだ。

家の中は外観よりもっとひどいのだろうか?

とりあえず携帯電話で張り紙の番号にかけてみた。

すぐにおばちゃんが出て、「いゃッ、チラシ見てくれたんかいなっ、おおきに、ほな、すぐ行くさかい家の前で待っててや」と勢いのある返事が返ってきた。

しばらくすると、さっきの声の主だとすぐにわかる小肥りのおばちゃんが走って来た。

「兄ちゃんかいな?電話くれたん。ラッキーやな。ええでこの家。ちょっと古いけどな、その分安うしてるんや。まあ入って、よう見てって」

会ったとたんから家の前まで歩いて玄関の鍵を開けるまで、しゃべりが止まらない。

「ええやろ。中は綺麗なもんや」とおばちゃん。

玄関を上がると正面が廊下。廊下に沿って右側に台所とトイレ。左がフローリングの六畳部屋、その奥に二畳の畳部屋。確かに中はまんざらでもない。

しかし二畳間という部屋を見たのははじめてだ。

「どや、わりと広いやろ。こっち来きぃ、兄ちゃん若いけど学生さんか?この二畳間、ほれここ、ここに勉強机置いたらなかなかの書斎や。立派なもんやで」

そう言われるままに二畳部屋に入っておばちゃんのセールストークを聞いた。

足もとを見ると六畳間との間に敷居がない。

元々八畳だった部屋をフローリングと畳で分けただけで、別に二畳間というわけではないようだ。

おばちゃんが二畳間からフローリングの六畳間に移った。

その一瞬、凍りつくような温度になった。

あまりの急な寒さにびっくりしていると、足もとの畳からぼんやりしたものがぬっと上がってきて、小学生の女の子になった。

汚れた黄色い帽子に白っぽいブラウス、赤いボロボロのスカート。

うわっ、と倒れこむように二畳間から出ると、女の子がいない。

体温が一気に上がって全身に汗が吹き出した。

安い理由がわかった……ような気がする。

おばちゃんはこのことを知っているのだろうか?

「なにしてんの、早はよッ、次、二階行くよ」とおばちゃんが玄関から呼んでいる。

知らなさそうでもあるが、気にするような人にも見えない。

さっき見た女の子の姿が焼きついて頭から離れない。とはいえ一瞬のことだったから、なんとなく自信がなくておばちゃんに話しにくい。

仕方なく、はいはいと靴を履いた。

あれ?二階を見に行くはずなのにおばちゃんは外に出ている。

建物の裏に木製の階段があった。

平屋の上にあとから家を載せたのか?いや昔の二世帯住宅なのかな?と思いながら階段を上がった。

ガラスこそ割れてはいないが、どう見てもボロボロの戸を開けると、同じようにすぐ廊下。同じなら右側は台所とトイレだろう。

左手には襖が四枚入っていた。

下と違って畳敷きの部屋だろうと思いながら靴を脱いでいた。

「この部屋はなッ」と言いながらおばちゃんが襖を開けた。

ところが開けたままの恰かつ好こうで止まっている。

なんだろうと思って見ていると、「あっ、すんません」と頭を下げてそのまま閉めた。

「すみませんて?誰か、住んでいるんですか?」

「そうみたいやね」

「みたいやね、て。おばちゃんここの管理人でしょ?」

「世話頼まれているだけやけどまあ……、そない言うたかて住んではるもんはしょうがないわ。二階はなしや。一階だけでええやん。三万にしとくわ」

「おばちゃん、何かおかしい。誰がいるんですか?僕にもちょっと見せてください」

「ここはあかんてッ、やめッ。下戻ろ、一階だけでええやんか」と顔色を変えている。

この家には何かある。ひとりでは間違いなく怖いと思うが、このおばちゃんが一緒にいるなら不思議と怖いというより秘密が知りたくなってくる。

「じゃあ三階を見せてください」

「三階?兄ちゃん三階も見たいんかいな?」

「見たいのかって、ここアパートじゃなくて一軒家でしょ?三階もこの家なんだから見せてよ」

「ほな、そこまで言うんやったら行くけどな」としぶしぶ廊下の奥に歩きだした。

えっ?今度の階段は中にあるのか。

あるにはあったが、これがまた妙な階段だった。天井の半分が途中から廊下の奥に向かって先細りするかのように下りて来ていると思ったら、階段は廊下を突き当たって、今来た向きとは反対の玄関方向の上に伸びている。

けったいな階段もあったもんやね、とおばちゃんも毒づいている。

三階に上ると家の中なのに木戸がある。開けて入ると少し短い廊下と四枚の襖。

先に入ったおばちゃんが襖を開けた途端、ピシャとすぐに閉めた。

今度はその肩越しに中を見た。

抜けがらのようにふくらんだ布団。丸い卓袱ちやぶ台だい。その上に酒瓶とコップがのっている。

四本の細長い足で立っている大きなダイヤルのついたテレビ。ハンガーには厚手のクリーム色をした年代物のスーツが掛けられていた。

まるで部屋の中が昭和三十年代だ。

「おらへんけど、なんか住んではるようやから早よ降りよ、なっ」とおばちゃん。

よくわからないまま一階に降りた。

「どや兄ちゃん。一階だけやったら決めるか?安うしとくさかい」

決めるわけがない。

しかしこのおばちゃんを目の前にしては、どうしても断りにくい。

二、三日考えてみますと言葉を濁した。

「ええ返事待ってるで」

そうは言われても、友人に話せる変な体験ができたくらいにしか思わなかった。

振り返るとニコニコしながら、ちぎれんばかりに胸の前で手を振るおばちゃんがいる。

やはり断りにくい。

愛想で手を振ると、すぐうしろの窓ガラスに黄色い帽子の女の子が見えた。

まるで厚さがないかのように、窓ガラスにペチャリと張りついている。

ゾッとした。

そのおかげで、断りの電話を入れることができた。

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