盆義理(静岡県) | コワイハナシ47

盆義理(静岡県)

遠州地方(浜松市を含む静岡県西部)の初盆は独特なものだという。玄関前の迎え提灯、盆提灯、迎え火・送り火など何処でも行う儀礼に付け加えて、葬式の祭壇と似た雛壇式の大きな祭壇を飾る。さらに祭壇の左右に灯篭と花の籠盛を据えて、いたるところに菊の花を散りばめる。そして集うのも内輪と親しい友人だけでなく、葬儀に参列した人々ほぼ全員で、遠州ではこれを盆義理と呼ぶ。

浜松市の鈴木直巳さんはいわゆる就職氷河期世代で、大学院を出ても良い就職口が得られず、院卒後しばらく職を転々とした。しかし同病相憐れむ同窓の親友・田中吉也さんがおり、彼と興味のベクトルが合ったため、お互い二八歳になったときに思い切って一緒に起業することにした。

たまたま郷里も同じ浜松だった。各自実家に帰って家賃を浮かし、会うのは漫画喫茶やどちらかの家。WEB関連会社だからパソコンとスマホさえあればよく、初めは直巳さんの実家を事務所として届け出た。

その後、浮き沈みはあったが、やがて社員やアルバイトを雇う余裕も出て、直巳さんは地元で再会した高校の後輩と結婚するに至る。

吉也さんは祝福してくれた。けれども、それから間もなく、辞職届を持ってきた。

直巳さんは驚き、必死で引き留めた。しかし結局、吉也さんは二人で創った会社から去ることになる。最後に話し合った日、彼は直巳さんにこんなことを言ったのだ。

「義理で人を縛るのも縛られるのも、性に合わなくてね」

直巳さんは激怒して、以後吉也さんに自分から連絡を取ることはなかった。

それから一年と二、三ヶ月経ち、吉也さんの両親から直巳さんにこんな知らせが届いた。

──吉也さんは癌で闘病していたが、とうとう亡くなったとのこと。

病気が発覚したのは会社を辞めたすぐ後だったと聞いて、直巳さんは、もしかすると吉也さんは自分の病と死を予感していたのかもしれないと思い、涙が止まらなかった。

吉也さんの初盆の日、思い切り豪華な祭壇が飾られた。直巳さんが出資したのだ。仕事関係で吉也さんを知っている人たちや学生時代の共通の仲間に声を掛けたのも、直巳さんだった。たくさんの人が訪れ、非常に大がかりな盆義理になった。

しかし、直巳さんは、このときの盆義理をたいへん後悔しているという。

「人が集まりだしたときから、怒り狂ったような唸り声が耳もとで聞こえてきて……」

吉也さんの声だと気づき、同時に直巳さんは最後に何と言われたか思い出した。

もう手遅れだった。吉也さんの盆義理はなかなか終わらなかった。

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