畑の狸くん(千葉県) | コワイハナシ47

畑の狸くん(千葉県)

千葉県北東部の平野部は、広大な砂浜《九十九里浜》の中央以南を含み、太平洋に臨んでいる。澪さん(※)の生まれ育った町はここにあって、家から車で一〇分少々のところに海水浴場がある。自転車で遊びにいける距離だ。川沿いの道を川下へ走っていくと、道の横に延々と畑が広がる。この辺りでは畑作が盛んで、澪さんの家も畑を持っている。

主に澪さんの祖母が世話をして、胡瓜、豆類、西瓜、芋類、トマトなどを作ってきた。

祖母は孫に甘く、澪さんが勝手に野菜をもいで食べることを看過していた。それをいいことに澪さんは、幼稚園や小学校から帰るとまず畑に直行して野菜を採っては食べていた。

小学二年生の七月のある日、いつものように「おやつ」を採りに家の畑に行ったら、知らないおにいさん──小学五、六年生でも澪さんにとってはおにいさんだ──が畑の中にしゃがみこんで胡瓜を食べていた。

澪さんの町には子どもが少ない。小学校の生徒は皆、顔見知りだ。同じ地区の子は集団登下校をしている幼馴染ばかり。しかし、その男の子には見覚えがなかった。

澪さんは可愛がられて育った末っ子で、そんな子によくあることだが、警戒心が薄くて人懐っこかった。「おにいさん、どのうちの子?何年生?」と話しかけながら胡瓜を一本もいで隣に座った。

「答えないの?別にいいよ。胡瓜おいしいよね。おばあちゃんが作ってるの」

男の子が返事をしなくてもお構いなしに澪さんはお喋りを愉しんだ。「膝小僧が擦り剝けてるのはね、今日、体育で転んだから。でも算数でハナマル貰ったから、いい日だよ!」

そのうち最初はむっつりしていた男の子が「ウン、ウン」と笑顔で相槌を打ちだした。

そこで、澪さんはこの子のことがすっかり気に入り、それからというもの毎日、畑で落ち合っては西瓜や胡瓜を一緒に食べた。

しばらくはそんなふうにして過ごした。けれども、二週間余り経ったある日、二人で畑の作物を物色して歩きまわっていたところ、近所のおじさんが散歩させていた大きな犬が畑の外から「ワンワン!」と激しく吠えかかってきた。

途端に男の子は異常な瞬発力を発揮して、物も言わずに駆け出した。

シュッと屈んで身体を縮め、まっしぐらに逃げていく。枝豆の葉の陰に潜っていく黒い後ろ姿は、この辺りではお馴染みの動物、狸だった。

それ以来その男の子は姿を現わさなくなったが、畑の野菜は今でもたまにくすねられる。

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