入り盆の坂(福島県いわき市) | コワイハナシ47

入り盆の坂(福島県いわき市)

入り盆の坂(福島県いわき市)

湯本温泉で知られる福島県いわき市の旧常磐湯本の辺りは、湯ノ岳や天狗山が連なる阿武隈高地の一角を成し、丘陵地が大半を占める。

現在中学三年生の悠斗さんは、湯本駅からほど近い丘の麓で家族と暮らしている。丘には建売住宅団地があって、似たような外観の二階家が建ち並ぶ。麓と通じる団地内の道路はどれも坂道で、角やカーブが多くて見通しが悪い。

悠斗さんが小学六年生の八月一三日、つまり盆の入り日に、丘の団地に住む友人が家に遊びに来た。その日は土曜日で、友人はお盆の支度をして両親が待っているからと言って午後四時過ぎに帰っていった。それから小一時間もして、悠斗さんは友人がゲーム機を忘れていったことに気がついた。

真夏のよく晴れた日だったから五時を回っても黄昏の気配はまだ遠く、表は明るい。

母にわけを話して、ゲーム機を持って外へ出た。友人の家は、徒歩で一〇分余り先の丘の頂上付近にある。西日に陽炎が立つ坂道を上っていくと、一つ目のカーブを曲がったところで、前方から、目深に野球帽を被った白いランニングシャツの子どもがやってきた。

小二か小三ぐらい、と、悠斗さんはその子を見て思った。知らない顔だ。なんだか変な格好をしてる。あんなシャツ、下着じゃないか……。

子どもは坂を下りてくると、擦れ違いざまに舌打ちをした。嫌な感じだったが、気にせず悠斗さんは先を急いだ。家々の庭木から降る蝉しぐれを浴びながら歩いていったら、道を曲がった先にさっきの子が現れた。再び擦れ違い、また舌打ちされた。

あれ?と、思って振り返ったが、もうカーブを曲がっていったようで、姿が見えない。

ともあれ、友人の家を訪ねてゲーム機を届けた。盆の入り支度を始めていたから邪魔をせず、すぐに引き返すことにして、今度は坂を下りはじめた。

カーブを曲がると、またしても白いランニングシャツの子どもが向かい側からやってきて、擦れ違いざまに舌打ちされた。汗が一瞬で冷えて、全身の肌が粟立った。ワッと叫んで駆け出して、グングン走った。次のコーナーが迫ってくる。あのコーナーの先でまた擦れ違うんじゃないかと思い、これも恐ろしかった。

案の定、擦れ違った!でも家はすぐそこだ。ほら、見えてきた。

門の前で、あの子が通せんぼしていた。両手を横に広げて遠い目をして、ハハハハハと声を上げて笑っている。泣き喚きながら横をすり抜けて、玄関まで駆け抜けた。

出迎えた母に一部始終を話したけれど、母が玄関から表に出てみたときには、件の子どもは立ち去ってしまった後で、もう姿が見えなかったという。

来たもの

智子さんは、長男の悠斗から話を聞いて青ざめた。何しろ日が悪い。今日は入り盆の八月一三日だ。息子によれば同じ子どもと何度も擦れ違い、最後は門のところで通せんぼされたのだという。

「悠斗は悪い霊さ目ぇつけられだんでねぇかしら」と、まだ会社にいる夫の携帯電話に電話して訴えた。「なんとがしねと!後輩にお寺の子がいるっつってたじゃない?」

夫は、その後輩にすぐに相談して、会社からの帰りがけに彼の家兼寺院に立ち寄り、お札とお浄めの塩を分けてもらってきた。

「ご住職が、このお札ぁ貼って、家の四隅さ塩盛っておげば悪いもんは入って来ねぇど」

お札は、悠斗と三歳の次男が使っている子ども部屋に貼った。塩は「どこの四隅だべ?」と夫婦で額を合わせて考え込んだ挙句、苧殻を焚くために庭へ出たついでに、建物の角の四ヶ所に盛り塩をした。

夜、息子たちが二階の子ども部屋に引き揚げてから、夫と二人で精霊棚を整えた。

胡瓜と茄子に割り箸で足をつけてお供えし終えたときには、夜の一一時を過ぎていた。

支度も済んだし、そろそろ寝ようかと夫婦で話していたところ、さっきまでそばで寝そべっていた飼い犬の姿が見えないことに気づいた。

その直後、家のどこかで盛んに犬が吠えだした。キャンキャンと甲高い声で激しく鳴いている。……穏やかな性質の犬で、普段は滅多に吠えないのに。

名前を呼んでも一向に鳴きやまない。子どもたちが起きてしまう、と、心配しながら夫と一緒に探してみたら、犬は子ども部屋にいて、部屋の一方の角へ向かって牙を剥いて唸ったり吠えたりしていた。四肢を突っ張り、今にも何かに飛び掛かりそうに身構えているが、部屋の角には何もない。また、もうこれで何分間も犬がすぐ傍で喧しく吠えつづけているというのに、兄弟とも身じろぎもせず、死んだように眠っていた。

まさか本当に死んでるんじゃ……と、不安を感じながら電気を点けた。その直後、

「もう少しだったのに」

と、智子さんの耳もとで子どもの声が囁いた。

悲鳴を上げたら、子どもたちが目を覚まし、犬が鳴きやんだ。

その夜は、一階の居間で家族四人と一匹で寝た。

朝、庭に出てみたら、犬が吠えかかっていた角の真下に置いた盛り塩が、夜のうちに踏みにじられていて、塩の上に、小さな運動靴の跡が残されていた。

あの子の行き先

もう一二歳で分別のある長男が怪談じみた出来事に遭ったと妻に訴えたことから、大輔さんはお札とお浄めの塩を寺から貰ってきて対処したのだが、夜中に何もいない方に犬が吠えたり、盛り塩が崩されて怪しい子どもの靴跡がついてたりして、努力の甲斐が無かったとわかり、おまけに妻は子ども部屋で変な声を聞いたと言って酷い怯えよう。

入り盆の日に起きたことが霊の仕業を示唆するようで、大輔さん自身も少々怖かった。

そこで、会社の同僚が拝み屋さんに除霊してもらったと話していたことを思い出した。

すぐに紹介してもらって、家族全員で訪ねたところ、その拝み屋さんは六〇代後半か七〇前後と見えるおばさんで、評判は高いらしいが、いたって普通の外見、家にも祭壇があるわけではなく、道具は数珠だけだったので、なんとも心もとない感じがした。

しかも「エイエイッ、エイエイエイッ」と声を上げながら宙で手刀を切って、ちょっと拝んだだけで、「これでもう充分だ」と言われたので、不安を覚えた。

「本当だが?座敷さ通されでがら、まだ一〇分も経ってませんよ?」

「九字ぃ切ったんだ。あどは、お線香の束をひと月の間、朝晩、庭で焚いで、その横さ水備えで、これも毎日替えらんしょ。霊を消すわげでねぇが、来ねぇようになるから」

「では、お札や盛り塩は……」

「やめらんしょ。向ごうは挑発されだで思ったみだいだ。同じごどしたら、わがねだよ」

半信半疑だったが、教えられたとおりに、朝晩、線香の束を焚き、湯呑の水を供えた。

効き目があったようで、早くも初日からおかしな現象は一切起きなくなったけれど、大輔さんは一ヶ月間、真面目にやり遂げた。

それから三ヶ月以上が経ち、忘年会の二次会に参加した折に、なんとなく皆で怖い話をする雰囲気になったので、大輔さんは、この盆の入りから始まった一連の出来事を披露した。

そこはスナックで、若いホステスが傍で話を聞いていた。そして大輔さんが語り終えると笑い飛ばして「嘘だぁ!」と大声で言った。失礼な女だと思ったが、黙っていた。

翌日、二次会に参加していた二〇代の後輩から会社で呼びとめられた。

「先輩、昨日スナックで嘘だぁって笑ってた女の子と僕、連絡先を交換したんですが、明け方、彼女がこんなことを言ってきたんですよ。寝ていたら冷たい手で腕を掴んで揺すられて、見たら、枕もとに野球帽で白いランニングシャツの男の子がいたって……」

これにはゾッとした。なぜなら彼は子どもの服装のことまでは話していなかったので。

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