三途の川の渡し舟(東京都) | コワイハナシ47

三途の川の渡し舟(東京都)

三途の川の渡し舟

都内の医療療養型病院で二〇年余り看護師をしている嘉男さんは、今から四年前に、ある入院患者から聞いた話が忘れられないのだという。

一一月のことだった。看護師の仕事には日勤と夜勤があるが、そのときは日勤帯で午前中の検温のために担当する各患者のベッドを巡回していた。

この病院には長く入院している患者が多い。検温のような緊張感を伴わない作業の際には、患者から話しかけられれば快く会話に応じることにしていた。だからその患者に声を掛けられたときも、いつもの調子で「どうしました?」と気さくに応えた。

「病気のことじゃないんだよ。いつ話そうかと悩んでたんだが……毎晩、この部屋に舟が来るんだよ。そこから(と個室の出入り口を指差して)スーッと入ってくると、俺のベッドに横付けするんだ。小さな日本の舟で艫に笠を被った船頭さんが立っていて、舟の中程には先客が二人座ってる。でも、あと一人は乗れそうなんだ」

この患者は六〇代の男性で、前に話したとき会社役員だと言っていた。心筋梗塞後の慢性期で入院生活が長く、幾度となく言葉を交わしており、頭脳明晰で生真面目な性質だと思っていた。……彼にしては奇妙なことを言う。

嘉男さんは「夢でも見たんじゃないですか?」と訊ねた。

「そうかなぁ。まあ、病院に舟が来るなんて、あり得ないもんな」

二人で笑い合って、その日はもう、この患者から話しかけられることはなかった。

しかし、翌日になったら「やっぱり昨夜も来たんだ」と不安そうに打ち明けてきた。

彼は、それから数日後の未明に、心室細動を起こして突然死した。

亡くなられてみると、にわかに舟の話が気になりはじめた。死者が乗る舟と言ったら三途の川の渡し舟だ。いったいどんな舟なのか確かめたくなり、嘉男さんは「三途の川の舟」を手掛かりにネットで検索してみた。

すると、三途の川の渡し舟は三人乗りだと書いているブログやネット掲示板の投稿文がいくつもヒットした。

──あの患者さんは先客が二人乗っていて、あと一人乗れそうに見えたと話していた。

それは間もなく亡くなる彼を迎えに来ていた三途の川の舟なのではないか?

死の瞬間を舟は毎晩待ちつづけ、とうとう彼が乗り込んで定員を満たしたので、静かに病院から漕ぎ出して、三途の川を渡って行ったのでは……。

そう思ったとき、嘉男さんの頭の中に、一艘の小舟が夜明け前の暗い個室から廊下に滑りだし、闇の奥へゆっくりと去ってゆく幻が映し出された。

渡し舟の定員

看護師の嘉男さんから「三途の川の渡し舟」という体験談を聴いた。その中に、嘉男さんがインターネットで件の舟の定員を調べたところ、「三人」とする投稿やブログ記事を幾つも見つけたという下りがあった。

実際に検索してみると彼の言った通りに複数が検出できたが、興味深いことに、情報源を明かさない占い師のコラム一件を除き、情報の出どころが全員、看護師だった。

話の典型的なパターンは、「うちの病院の先輩(看護師)が三途の川の渡し舟は三人乗りだと言っていて、不思議なことに、患者さんが一人亡くなると、同じ病棟で立て続けにあと二人亡くなる」というもの。

嘉男さんの話は患者が舟の夢または幻を見るところから始まる点が異色だが、彼も看護師なので、近年、看護師の間に定着しつつあるジンクスだと考えてもいいかもしれない。

三途の川の渡し舟の定員について学術的な権威づけが出来そうな出典は、私がかなり真剣に探しても見つけられなかったので、存在しない可能性がある。

そもそも、三途の川は当初は歩いたり泳いだりして渡るものだったし、その後、橋が架けられ、舟で渡るという概念が出来たのは平安時代末期以降だ。六文銭の渡し賃を払うと決まったのは江戸時代で、これが今では紙の冥銭に変わった。いずれキャッシュレス化しないとも限らない……なんて話はどうでもよく、そういう次第なので、仏画に描かれた三途の川を見ても渡し舟が無いものも多い。舟が描かれているのは比較的新しい絵なのだ。

《画鬼》を自称した河鍋暁斎は江戸の天保年間から明治の文明開化までを生き抜いた絵師で、昨今でも非常にファンが多く、かくなる私も暁斎の作品展があればほぼ必ず足を運ぶのだが、この暁斎が一八六九年から三年かけて完成させた画帖『地獄極楽めぐり図』には三途の川の渡し舟が描かれている。

画帖を所蔵している静嘉堂文庫美術館が二〇一八年に展示するにあたり、同作品について「日本橋大伝馬町の大店、小間物問屋の勝田五兵衛が一四歳で夭折した娘・田鶴を一周忌で供養したいと、暁斎に制作を依頼したもの。娘が極楽往生するまでの旅のようすを優雅で丁寧な筆致で表したユーモアに溢れる作品(原文ママ)」と解説している。

これは枚数の多い続き物になっており、「三途の川の渡し舟」は数ある絵のうちの一枚で、川面に浮かんだ舟に、鬼や妖怪、経帷子の亡者、芸者や鯔背な兄貴、山伏や猿、赤い衣の美女、そして田鶴ちゃんなど、船頭を入れたら二〇人近くも描き込まれている。

たいへん楽し気なようすで、嘉男さんの体験談の静々とした寂しげな渡し舟とは大違い。

──どうせ乗るなら私は暁斎の陽気な舟の方がいいなぁ。

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