弁才天の蛇(東京都狛江市) | コワイハナシ47

弁才天の蛇(東京都狛江市)

第一七話で、懇意にしている会長が弁天像を置屋に贈ったのは、弁天すなわち弁才天は芸事の神さまとされていて、昔から芸妓衆の崇拝を集め、今日でも芸事の上達を願って各地の弁才天を参拝する芸妓がいるからであろう。

像を贈ってくれた会長は、「そちらのお店の守り神になればいいと願っていたのに、気風が合わなかったのは残念だ」と、後で話していたという。

人形に悪霊が憑くことがあるとすれば、木像に憑いてもおかしくない。弁才天に罪はなく、置屋に潜んでいた怨霊が悪さをしたのではないだろうか。

しかしながら弁才天も、元を糺せばヒンドゥー教の女神・サラスヴァティーであり、これが仏教の神の天部として日本にもたらされた後、宇賀神(頭が人で体が白蛇の蛇神)が習合したりして、今日の姿となったので、その性質も単純な「善」一辺倒ではない。

サラスヴァティーは古代インドに存在したと伝えられる同名の河の化身だという。

ここまで聞いたところで、河川がヤマタノオロチの正体だとする説を想起してしまった者は、きっと私だけではないだろう。『古事記』には八つの頭を持つヤマタノオロチの背には樹木が生え腹は赤い血を流していたと描写されていて、ここから氾濫する河川、あるいは砂鉄を含む土地が連想されるとする「ヤマタノオロチ=河川」とする学説はよく知られる。

弁才天がヤマタノオロチ並みに怖ろしいモンスターだとまでは言わないが、弁天さまと蛇の怖い話というものは実際に存在する。

東京都狛江市の雲松山・泉龍寺には古くから泉があり、寺名の由来ともなった。

寺ではその泉の傍に弁天山を築いて弁天像を納め、これを《弁財天池》と称して大事にしていたが、江戸時代の初め頃の夏の法会の折に、不心得な坊さんたちが汗で汚れた体をここで洗って散々に水を穢した。

すると池の水がたちまち熱湯に変わり、坊さんめらを茹で殺さんとした。さらに弁天山から大きな白蛇が現れて、池から慌てて飛び出す連中を睨みつけながらとぐろを巻いた。

この白蛇を、案石という僧が杖で打擲しようとしたところ、案石は鼻血を吹いて倒れ、白蛇は悠然と池の底に泳ぎ去った。

案石は絶命し、以後、泉龍寺の《弁財天池》を穢す者はなくなった。

シェアする

フォローする