秋津の本屋(東京都) | コワイハナシ47

秋津の本屋(東京都)

秋津の本屋

およそ二〇年前の夏のこと。千葉県在住で奄美大島出身の充朗さんは当時まだ独身で、同じく独り者揃いだった東京圏にいる同郷の仲間と、ときどき飲み会を開いていた。

そのときも、西東京市のひばりヶ丘駅近くに住む友人の家で夜通し飲んで、そのまま泊まらせてもらった帰り道だった。

休日で、まだ日が高かったので、松戸市にある独身寮に真っ直ぐ帰ってしまうのはもったいない気がして、ひばりヶ丘駅から西武池袋線に乗るときに、往路で経由した池袋駅の方へ行く電車ではなく、反対の所沢方面行の電車に乗り込み、秋津駅で途中下車した。

秋津駅のそばにJRの新秋津という駅があり、そこから新松戸までは武蔵野線で一本だ。

途中下車に秋津駅を選んだのは、ただそれだけの理由で、まったく知らない町だった。

奄美人である充朗さんは、たまにこうして東京の知らない町を散策することを好んだ。

五分ほど歩くと、変わった本屋を見つけた。純和風の平家造りの店というだけでも珍しいが、隣の化粧品店の三倍はあろうかという大きな建物である。おまけに出入り口が自動ドアではなくガラスの嵌った引き戸になっているのだから、今どきこんな本屋は他になかろう。

特に読書好きというわけではなかったが、好奇心に駆られて中へ入ってみた。

出入り口の右横に銭湯にあるような番台があり、そこから小太りで年輩のおばさんが「いらっしゃいませ」と笑顔で挨拶してきた。おばさんに軽く会釈して店内へ……。

建物は古いが中は広々として、どんな本でも置いていそうだ。たまに読んでいるミリタリー雑誌の新刊を見つけた。立ち読みしはじめて少しすると、周囲がザワザワしはじめた。

そこで、雑誌を置いて辺りを見回すと、来たときより明らかに客が増えている。別の場所に移動しようと思ったが、通路で肩と肩が触れ合うぐらい混雑が激しくなりだしたので、もう帰ることにして出入り口へ向かった。

「まだ、おられないのですか?」と番台のおばさんが訊ねてきた。

「すみません。今日は買いたい本がなかったので」と応えて店の外へ出た。

歩きだしたら急に辺りが暗くなったように感じた。時刻を確かめると、秋津駅で降りてから三時間も経っていた。おまけに、その秋津駅の前に、なぜか戻っていた。

あまりにも不思議だったので道を引き返してみたが、隣の化粧品店はちゃんとあるのに、さっきの本屋はどこにも無かった。代わりに小さな商店が三つ四つ並んでいた。

──そう言えば、と、充朗さんは思い出した。

中にいるときは少しも気にならなかったのだが、あの本屋の客たちには顔がなかった。

いっぱい憑いてる

第九七話の充朗さんは、拙著『少年奇譚』の「古井戸」をはじめ、これまでにいくつか体験談をご提供いただいている。『実話奇譚怨色』では「兵士霊」という話に「宏さん」という仮名で登場してもらった。

彼は幼い頃から度々幽霊を見てきたせいか、自ずと仏教や宗教哲学に興味を持つようになり、インド哲学者で仏教学者の中村元の著作を読んでいたことが縁で、中村元の弟子にあたる原始仏教の某研究者と親交を持った。

充朗さんは、去年『少年奇譚』が発売されると、すぐに一冊買って、件の某研究者に贈ってくださったそうだ。

それからしばらくして某研究者から充朗さんに連絡があり、本の感想と共に、こんなことを伝えてきたのだという。

「この川奈さんという著者の方には、おもしろいものがいっぱい憑いてますね。川奈さんと波長が合う人には、それらが良い影響を与えるのではないかと思います」

……非常に気がかりなことをおっしゃるではないか。

私には何が取り憑いているのだろう?おもしろいもの?

それにまた、その憑いているもの共は、私と波長が合わない人には、逆に、悪影響を及ぼすということになるのだろうか、と、いろいろ気になってしまう。

そんなことを充朗さんと電話で話していたところ、突然、通話が途切れた。

かけ直したら、充朗さんが「先日、川奈さんにメールを送ったときにも変なことが起きました」と言った。

「最近よくサンスクリット語の般若心経をBGMにしているんですが、秋津の本屋に関わる画像をメールで送ったときもそれを聴きながらメールに画像を添付して……で、画像に添える文章を書き終えて、後は送信するだけになったら、いきなりステレオの電源が落ちたんです。そこで電源を入れると、こんどは般若心経を読む声がグニャーンと歪んで間延びした感じになって……メールの送信ボタンを押した途端にピタッと元に戻りました。さっき電話が切れた原因も思い当たらないし、やっぱり川奈さんには何か憑いていて、そのせいで僕が連絡しようとすると邪魔が入るんじゃないでしょうか?」

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