鵺塚(大阪府) | コワイハナシ47

鵺塚(大阪府)

仁平三年(一一五三年)、京都御所の屋根の上から、夜な夜な不気味な鳴き声が聞こえてきた。

声に悩まされていた近衛天皇は、源頼政に声の主を退治するように命じた。

頼政は弓の名人だったので、闇の中で声の向きを頼りに矢を放った。

翌朝、頼政が見てみるとそこには、頭は猿で胴は狸、手足は虎で尾は蛇という化け物「鵺」の死骸が横たわっていた。

鵺の死骸はうつろ船に乗せられて淀川に流された。死骸はやがて当時湿地帯であった沢上江に流れ着き、祟りを恐れた人々によって葬られたという。

それが現在、大阪の都島区内の商店街の片隅にある鵺塚の由来だそうだ。

妖怪好きな人たちの間では、知られているスポットで、元は母音寺の敷地内にあったそうなのだが、移転されて現在の場所に落ち着いた。

私の家の近所にあるので、買い物ついでに鵺塚に立ち寄ることがある。

いつも掃除が行き届いていて、小さいながらも地元の人たちに大切にされているのがよく分かる場所だ。

ある日のこと、スーパーで食料品を買ったついでに、鵺塚に行った。

すると、作務衣姿の初老の男性が塚の中で座して扇子でパタパタと体を扇いでいた。

男性は私と目があうと、ちょいちょいと手招きした。

「ここ鵺塚やねんけど、知ってるか?」

「一応知っています」

「なんや一応て、ここに鵺っていうお化けが葬られてんねん。ちょっとこっちおいで」

男性の指示する塚の後ろに回った。すると男性は石の土台を指さした。

「塚の土台がな、下から上にかけてビッキビキに罅割れとるやろ」

見ると確かに石の台座の下から上に向かって、枝のような罅が沢山はしっていた。

「これ、石の下から何か出ようとしとるんやろね」

「出るって言ったら、鵺でしょうか……」

「そうなんとちゃうかな。ほら、鵺塚ってここ以外にも芦屋とかにもあるやろ。多分死んでも復活したり、這い出たりして、なんべんも倒されたんとちゃうかな。この石な、ちょっとずつ毎年、形が変わってんのよ。俺にはこの石の形がな、こう鵺がしっぽを掲げて体をくの字に折って飛びかかろうとしているように見えるんやけど。

それとな、お前、ちょっとここ見てみ。外のブロック塀の石やけどな、半分色違うやろ。普通灰色やのに、ここだけ赤黒くなってるの分かるか?」

近寄って見ると、確かに石垣の一部が変色していた。

「戦争の時に焼夷弾で大きな火事になってな、この辺り全部焼けたんやけど、この塚は塀の一部を焼いただけで平気やったらしい。そん時の火事のせいで色が変わったんや。

でな、おっとろしい話があんねん。塚をなあ、なんべんか別の場所に移そうって話があってな、移動させようとしたら酷い目にあったヤツがおるんや。過去二回、移転があって、その後にもっかい動かそうかって話が出てん。

昭和の半ば頃やねんけどな、移動させよる話に関わってたもんの一人がな、車に腕をバーンと取られて吹っ飛んだんや。昔の話やからな、ひき逃げでも犯人捕まらんかった」

「でも、それって鵺と関係あるんでしょうか?」

「聞いた話やけどな、腕が飛んだ後に病院で麻酔打たれてる時な、その人が、バケモンが上から見よる。バケモンが見よる、あれは鵺やなと言うとったらしい」

それからその男性の話は最近の政治の話題に変わってしまったので、私は適当なところで切り上げて帰った。

鵺塚は今も都島区の商店街の片隅にあり、慰霊祭も行われている。

鵺塚を移動させようとした祟りについては、別の日に塚に行った時に、掃除していた人に聞いたところ、昭和三十三年頃に現在の場所に持ってきた時に、何かあったらしいとは聞いたことがあるけれど、具体的には分からないということだった。

明治の移転時には、塚にいたずらをしようとした人がいて、その時急に辺りに悪いことが沢山起こったらしいけれど、それも詳細は不明だと聞いた。

『関西怪談』を執筆していた頃には、実際に「鵺」のような化け物を見たという人にも出会ったことがあるので、この先も定期的にこの塚を調べていこうと思っている。

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