田毎の月(長野県千曲市) | コワイハナシ47

田毎の月(長野県千曲市)

《姨捨の棚田は、標高460mから550mの範囲の斜面に広がっていて、耕作面積は約40ha、1500枚を誇る。(中略)1999年、国の名勝・日本の棚田百選に指定され、2010年には国の重要文化的景観にも指定されている》

《実際に私は、夜中、「四十八枚田」以外にも棚田を歩き回り、「田毎の月」を「体験した」ことがある。ひとり、足元の水に映る煌々と輝く月を眺めていると、美しさを通り越して、怖さも感じてくる。その月が私の後を黙って追ってくるのだ。》

──青柳健二『棚田を歩く』「姨捨の棚田」より抜粋

長野県千曲市八幡の姨捨の棚田は、「蓑、菅笠の下に隠れる」と言われるほど小さな田が斜面に連なり、独特の美観を生み出している。東日本の棚田に多い《土坡》という土を盛って作る畦の有機的な形状が、目に柔らかな優しい風景を形成しているのだ。

この姥捨という土地は、地名から連想する陰惨なイメージとは裏腹に風光明媚なことで平安時代から有名で、特に観月の名所として知られ、数々の歌に詠まれてきたという。

そんな中で《田毎の月》という一種の伝説が現れた。

松尾芭蕉も詠んだという田毎の月は、文字通り「田ごとに月が映る」もので、棚田に水が漲る五月初旬前後の約二週間しか見られない──と言われているが、何百何千とある全ての田に月が同時に映るわけがない。

健二さんは、この田毎の月を撮るために姥捨の棚田を訪れた。満月の夜、月影を映す棚田を眺めながら歩いてみると、水に映った月が土坡を乗り越えて、次の田へ、また次の田へと彼を尾けてきた。田毎の月とは、実際には、こういうことだったのだ。

水面の月が追ってくるのだ。駆けだせば月も走り、立ち止まれば月も止まった。

水鏡で真っ白に煌めく満月を一心に見つめるうちに、世界が逆さまになって、棚田の月に見透かされているように思われてきた。

逃げようとしても、この月は何でもお見通しで、逃れられない……!

危険な領域に踏み込んでしまったものだ、と、慄然としたとき、突然の雲が月を覆い、辺りが漆黒の闇に閉ざされた。そして闇を切り裂いて、どこからともなく大きな羽ばたきが彼をめがけて一直線に襲ってきた。アッと叫んで屈み込み、震えていたら雲が切れて、再び月明かりが辺りを照らした。

巨大な怪鳥に脅されたようだったけれど、その正体は今もわからない。

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