京橋駅の幽霊(大阪府) | コワイハナシ47

京橋駅の幽霊(大阪府)

大阪で怪談を集めていると、戦争に纏る話も多く耳にする。

昭和二十年八月十四日。終戦記念日の前日、午後十二時半頃に空襲警報が鳴り響いた。

京橋駅のホームには多くの乗客が空襲警報を聞いて避難していた。

そして丁度、城東線(現・大阪環状線)の上りと下りの電車二本が京橋駅のホームに差し掛かったところ、B29爆撃機から投下された一トン爆弾が続けざまに六発落下し、列車内とホームに避難していた乗客らに直撃してしまった。

この空襲による身元が判明している人だけで二百名以上、他にも六百名を越える身元不明の犠牲者が出た。名前や血液型や住所を記載した名札を皆が衣類に縫い付けていた時代だったにもかかわらず、身元が判明したのがこの人数だけだったのは、それだけ遺体の損傷が激しかったことを意味している。

現在も、京橋駅では夏に空襲の慰霊祭が行われている。きっかけは、終戦から十年ほど経った頃、当時の京橋駅長から「夜に幽霊が出て困っているので、犠牲者の霊を鎮魂してほしい」という申し入れが近隣の寺の住職にあったからだという。

怪談作家の中山市朗さんと雑誌の取材で京橋界隈の話を収集していた時に、今も京橋駅で幽霊を見ると言う人がいることを知った。

それは駅のホームで、蹲っているような姿勢をしている、影のような塊が幾つも浮かんでいて、近寄るとふっと消えるのだそうだ。他にも、防空頭巾を被った子供が、じっと時計を見上げる姿勢で立っている姿を見かけた駅員さんもいたという。

そして、決まってそれらを見るのは空襲のあった八月の夜だったそうだ。

シェアする

フォローする