ピロティホールの話(大阪府) | コワイハナシ47

ピロティホールの話(大阪府)

森ノ宮ピロティホールというと、関西の怪談ファンなら、稲川淳二さんが怪談イベントの会場として利用されることが多いので、知っている人は多いだろう。

ピロティホールの地下は、森ノ宮遺跡展示室になっている。年にたった五日間しかされない、滅多に開かないその展示室で保存されているのは、縄文時代の生活用品や、十一体の遺骨と人骨製の装身具等だ。

ピロティホールの「ピロティ」は、その遺跡を守るために高床式ピロティ構造にしたことから名付けられたそうだ。

人骨が発掘当時の姿のまま、移動もされないで展示されている。

そこにある「第三次一号人骨」は大阪市内で発掘された人骨の中では最も古く、説明文によると、十五歳前後の少年の骨だという。

人骨製装身具は、下顎から歯を抜いてネックレスにした物で、大阪市が運営するサイトの教育委員会事務局総務部文化財保護課のページによると、人骨製装身具が完全な状態で残されているのは、全国的に見ても稀少性が高いそうだ。

たいていどこの舞台やホールでも「出る」や「見た」という話はよく聞く。

それは演者が依り代のように一種のトランス状態になっていて、非日常を体験する場所だから、異変を呼び込みやすいのだという意見を聞いたことがある。

ピロティホールでも、不思議な物を見たという話をいくつか聞いた。

「娘のピアノの発表会でピロティホールに行った時に、開場前にね、舞台の上の方にぼんやりと、大きな蛹に似た形の胴体に羽と骨が生えたような形のものが見えたんです。

土偶に羽を生やしたようなのというと近いかも知れないです。でも、娘の出番も近かったし、そんなの気にして変なこと言うと周りの人にどう思われるか気になってしまって。

でも、本当に見たんです。ビデオカメラを持ってきていたから撮影しようかなと思ったんですけど、娘が見て大事な発表会なのに、暗い思い出になってしまったり、怖がったりするのも嫌だから止めました。騒いでいた人はいなかったので、多分見えていた、いや、気が付いていたのは私だけだと思います」という話や、髪を腰までの長く伸ばした全裸の少年が、トイレで乳房を垂らした老婆と手遊びをしていて、こちらに気が付くと消えたという話だ。

全裸の少年の目撃を伝えてくれた会社員の和田さんは「あの子、縄文人の幽霊だったのではないかと思って。いや、最初っから、あの場所で埋葬されていた骨の存在を知ってたからそうだと頭で結び付けたからかも知れないんですけどね。別の場所で見たら、そうは思わなかったかも」と言っていた。

縄文時代の幽霊というのは初めて聞いたので、珍しい気がする。

以前雑誌の取材で、国際日本文化研究センターの先生から、幽霊は幽霊の知識がないと見られないという話を聞いた。

例えば幽霊は存在しないと言われている宗教の信徒の国だと、幽霊の概念がないので、死んだ人間が化けて出るという話を聞いてもピンと来ないし、イメージするのも難しいそうだ。人は知らない物を見たり感じたりするのは苦手なのだろう。

縄文人がどのような姿をしていて、どんな言葉を発していたのか知っている人は、かなり限られると思う。それでも、見てしまったと語る人がいて、それを縄文人だと思った人がいたというのは興味深い。

怪談を集めているというと、よく幽霊を信じているのですか?と聞かれることがある。

私はいる、いない、信じる、信じないは置いておいて、不思議な話を集めるのが楽しくてしょうがないのだ。

細い路地の先や、家の本棚の陰、通勤中の道に見かける石碑の裏になにか気配を感じ、そこに物語があって、それを誰かに伝えることが出来ればという思いが、私の怪談収集の源になっている。

幽霊がいようがいまいが、見た、聞いた、体験した人がいる限り、私は収集を続けるだろう。

不思議がない世の中なんて、つまらないし、味気ないと、少なくとも私は強く思っているからだ。

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