幽世(東京都港区) | コワイハナシ47

幽世(東京都港区)

神式の墓碑には、「◯◯家奥津城(奥都城)」もしくは「◯◯家先祖代々霊位」と刻まれたものが多いようだ。奥は「奥深さ」と「置く」の両方の意に通じ、城は「四辺を囲んだ一郭」と「柩」のどちらをも表すそうなので、奥津城とは、奥深い場所で外部から遮られた境域という意味になるだろうか。

奥「津」城と奥「都」城の違いについては諸説あるようだが、私は、川などの水場が近ければ「津」を用いるという説が気に入っている。

理由は、私の好きな青山霊園が暗渠に挟まれた台地にあるからだ。かつてはこの高台の裾野は流れる水に絶えず洗われていた。笄川という川が谷底を流れていたのだ。

興味深いことに、千駄ヶ谷の仙寿院の墓地も丘の上にあって、昔は麓に川があった。

仙寿院の下にある千駄ヶ谷トンネルと青山霊園は、共に有名な心霊スポットだ。そのどちらもが水と関わりがあるというのはおもしろい。

神道の世界観では、世界は、生身の人間が住まう現世と神々の領域・幽世に分けられている。そして人の御霊は幽世から来て、肉体が滅べば再び帰還するため、死ぬことを「帰幽する」と呼ぶのだという。

すると単なる偶然かもしれないが、青山霊園などでは「川を渡って幽世に帰る」という解釈が成り立って、なんだか仏典由来の三途の川に似てしまう。

無論のこと青山霊園は現世にあるのだから、こんなのは想像遊びに過ぎないけれど、ここでは幽世が少し滲みだしてきているのではないかと思いたくなるような話を聞いた。

生まれたときから西麻布にお住まいの初恵さんは、青山霊園はいつも混雑していると思っていた。春夏秋冬、どんな天気でも、傍を通りかかるたびに群衆と色とりどりの供花が見えたので、中学一年生のときに父方の祖母が亡くなるまでは、この認識を疑わなかった。

祖母が物心ついてから死んだ初めての親族で、このとき青山霊園に父の家の墓があることも知った。初恵さんの両親は現代の都会人に特有の極めてドライな感性の持ち主で、一家には墓参の習慣が無かったのである。

しかし祖母が死んだとあれば話は別だ。父方の親族が集まってお弔いをした。そして青山霊園を訪ねると、雪が降りそうな二月の寒い日だったのに、やはり人と花が溢れていた。

そこで母にコソコソとそう告げたら、母は急に青くなって、「それは、あなたにしか見えない景色だよ」と言った。

実際には霊園はとても空いていて、供花もほとんど見当たらなかったのだ。

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