青い火の玉(岡山県) | コワイハナシ47

青い火の玉(岡山県)

岡山県の東南部に、標高差が二〇〇メートル以上ある見事な棚田の集落がある。一帯は深い森と渓流を擁した丘陵地帯で、田を守る人々の家が山肌にポツポツと建っている。

その辺りでは、今は止めてしまったが、誠さんが子どもの頃には灯篭流しをしていた。

彼は一九七四年生まれだから、八〇年代の末頃までは続けていたということになろうか。

灯篭流しの舟は全長五〇センチほどで、本物の渡し舟そっくりだった。それに灯篭と精霊棚にお供えしていた果物などを乗せて、集落を流れる渓流に放つのだ。

誠さんが一〇歳のときも、お盆の終わりに、近所の人たちと親戚が一五人ほど祖父母の家に集まり、お招きした真言宗のお坊さんを囲んで晩餐を食べた後、舟を持って川辺を訪ねた。

舟はみんなの人数分よりも多かった。まずは川辺に皆で並んで般若心経を唱え、それから灯篭に火を灯した舟を静かに川へ流していった。

灯篭を見送ったらお坊さんと年寄りと子ども衆は家に戻り、女衆は台所でお茶の支度と片づけをし、男衆は川下へ行って舟を回収する──判で捺したように毎年同じだった。

だが、この年だけは違った。

灯篭の明かりが遠くなり、そろそろ家に戻ろうかというときになって、青い火の玉が一つ、川面から空中へ浮かびあがったのだ。そして下流の方へ漂うように飛んでいく。

「あれ、なんなら?」と、皆はざわめいて、畏怖の表情で火の玉を見つめたのだが……。

「わからんが、とにかく火がついとるけぇ!木に燃え移っちゃいかん!」

と、ただ一人、威勢よく叫んだかと思うと、竹箒を掴んで駆けだした者がいた。

誰かと思ったら、お調子者で喧嘩っぱやい若い叔父で……足場の悪い川沿いの坂道を獣みたいに駆けていって、みるみるうちに姿が見えなくなった。

祖父が「男衆は舟を拾うてくるついでにあやつも捜さにゃあなるめぇが、女衆と子どもらはいつもどおりにやられぇ」と皆に命じたので、誠さんは家に戻ることになったが、叔父と火の玉がどうなったのか、気になって仕方がなかった。

しかし蒲団に追いやられるまで、叔父も他の男衆も帰ってこなかった。

翌朝、朝食を食べていると、皆より遅れて叔父がやってきた。顔色も良く、いつもと同じように「うめぇ、うめぇ」と言いながら元気にご飯を掻き込みはじめた。

誠さんはさっそく訊ねた。「叔父さん!昨夜の火の玉は、どうしたんか?」

叔父は「おう。竹箒でバシィッと叩いたら、空気みてぇに手ごてぇがのうて、途端に消えたんじゃ」と爽やかな笑顔で誠さんに答えた。

それを聞いて、年寄り連中は「おおかた正体は狸じゃろう」と、うなずき合った。

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