耳鳴り(長野県 槍ヶ岳) | コワイハナシ47

耳鳴り(長野県 槍ヶ岳)

現在五六歳の宏志さんは、高校では山岳部と吹奏楽部に所属した。子どもの頃から父と一緒によく山に登っていたので、高校生にしては本格的な登山に慣れていた。

高校二年の夏合宿では槍ヶ岳に行った。槍ヶ岳は日本のマッターホルンと呼ばれ、標高は三一八〇メートル、盛夏の時季でも一部に残雪が見られる。

往路では変わったことは何も起こらなかった。無事に登頂して、頂上直下の槍ヶ岳山荘に一泊した。槍ヶ岳山荘は一九二六年に開設された古い山小屋で、改装と拡充を繰り返してきたお陰で、槍ヶ岳では最も収容人数が多くて設備が整っており、山の初心者向きである。

宿泊客には学生風の若者や家族連れ、女性の姿もあった。

朝のうちに山小屋を出発して、山道を下りはじめると、いくらも歩かないうちに酷い耳鳴りに襲われた。

キーンという甲高い機械音のような音が頭の中に大音量で鳴り響きだして、水を飲もうが耳抜きをしようが、一向に治まらない。

今まで何十回も登山をしてきたが、こんなのは初めてだ。高山では急激な気圧の変化が原因で、鼓膜の内側と外側で空気圧の差が生じて耳が痛くなったり、「ゴー」という低い耳鳴りが起きたりすることがある。しかし、唾や水を飲み込むかあくびをすれば大概は治り、それでも駄目なら鼻を摘まんで耳抜きをすれば解消するものなのだ。

それに山での耳鳴りは、普通はこんな高い音では鳴らない。

顧問の先生が宏志さんの異変に気づいて、その場で少し休憩することになった。

宏志さんは荷物を降ろして、傍の岩に腰かけた。山小屋を出発して何分も経っていなかったから、そこからまだベンガラ色をした小屋の屋根が見えた。

──情けないなぁ。

そう思った途端に一層、耳鳴りが激しくなった。思わず両手で耳を押さえて体を丸めた。

すると、足もとの残雪を透かして、何か赤っぽいものがあることに気づいた。

溶けかけた残雪は柔らかく、手で掘ることが出来た。引きずり出してみたら、それは赤い女物の手袋だった。その下にも何か赤い物が見えたので、彼は大声で先生を呼んだ。

「ここに何か埋まってます!」

その途端、たちどころに耳鳴りが止んだ。

間もなく、赤いザックが掘り出された。顧問の先生が背負って山小屋に届けたところ、後に持ち主が判明したといって山岳部に報告が届いた。それはこの春、山小屋付近で消息を絶った若い女性のものだった。手袋とザックの近くで遺体が発見されたとのことだ。

シェアする

フォローする