偶然(神奈川県 相模湖) | コワイハナシ47

偶然(神奈川県 相模湖)

今から約四〇年近く前の夏、当時高校二年生だった宏志さんは四つ年下の弟を連れて、神奈川県の相模湖を訪れた。目的は魚釣り。その頃、週刊少年マガジンに連載されていた矢口高雄の釣り漫画『釣りキチ三平』が大ヒットしていて、この四月からはテレビアニメ版の放送も始まった。兄弟二人して、にわかに釣りに励むようになったわけである。

しかし上首尾に事が運ばず、弟がウンコのような臭くてドロドロした正体不明の塊を釣りあげて、そいつから盛大に飛び散った茶色いヘドロのようなベタベタを、二人とも頭から被ってしまった。

兄弟はすっかり戦意を喪失して、湖の傍の公衆トイレで着ていたシャツと頭を洗い、早々と電車に乗って家に帰った。

その夜、宏志さんは金縛りになって目が覚めた。

隣に寝ている弟の方からスースーと健やかな寝息が聞こえてくるが、そちらに顔を向けることすら出来ない。仰向けになったまま、真っ暗な天井を見上げているしかなかった。

やがて真上に滲むような青白い光がぼんやりと浮かんだ。それは膨らみながら形を帯びてきて、みるみるうちに一抱えもあろうかという巨大な顔に変化した。

黒縁の眼鏡を掛けた若い男の顔だが、とにかく大きい。縦一メートル、幅七〇センチぐらいあるのではないか……。サイズを別にすれば、細面で長い前髪を横分けにして、大学生か教師か研究者といった雰囲気の、少し神経質そうだが知的な面立ちである。

あまりにもリアルなので夢だと思ったが、そいつが風車のように回転しだしたので怖くなってきて、「ワァ!」と声を出したら、スーッと光を失って消えてしまった。同時に金縛りも解けたけれど、「大声出して、どうしたの?」と弟が目を覚ましたので、夢ではなかったのかもしれないと考え直して、あらためて鳥肌が立った。

翌日、弟と釣りをしていた場所で腐乱死体が発見されてニュースになった。父が新聞で読んで「おまえたちが釣りに行ったところで死体があがったそうだぞ」と教えてくれた。

それから月日が過ぎて、三二歳のとき、ちょっとした理由からクリスチャンになろうかと思い、背中を押してもらうつもりで行きつけのバーのマスターに相談したところ、「昔の話だが、キリスト教では自殺はタブーなのに、熱心なクリスチャンだった僕の友人は相模湖で入水自殺した。宗教は頼りにならないよ」と諭された。

胸騒ぎを覚えて詳しく訊ねたら、その知人は三〇歳で黒縁眼鏡を掛け、長めの前髪を横分けにして、職業は教師──死んだ時期も一致していた。

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