扇町公園の怪談(大阪府) | コワイハナシ47

扇町公園の怪談(大阪府)

大阪市にある北野病院に行った帰り、駅に向かう途中、扇町公園の脇を通って行くと、高速道路の入り口の脇にフェンスで囲まれた敷地があることに気が付いた。

中に何があるのかなと覗き込んでみると、神社らしき建物と石碑が目に入った。

神社ならお参り出来るのだろうかと、フェンスの周りをぐるりと歩き回ってみたが、入れる場所がない。扉はあったがチェーンと南京錠で閉じられている。

公園にある神社が何故高いフェンスで囲まれているのだろうかと不思議に思ったので調べてみると、この神社は綱敷天神の氏地として管理されていることが分かった。

綱敷天神に行くと由来書には「現在は参拝することはできない」という旨とフェンスで囲まれた神社の由来が記載されていたが、何故参拝出来ないのかは書かれておらず、役場に問い合わせても理由はハッキリしなかった。

この近くの郷土資料に詳しい人なら知っているかもと思って、近くで民話を集めていた藤原さんに聞いてみたところ、その神社には男女に纏わる悲恋の伝説があるということだった。

徳川将軍秀忠の時代に、堀川の渡し守の息子・与八と、浪速屋のお糸という娘がおり、二人は恋仲であったのだが、十三郎という男が、お糸に叶わぬ思いを募らせていた。

お糸や与八の顔を通りで見かけるだけで、身をかきむしりたくなるほどの辛さや思いを味わい続けた十三郎は、ある日、当時人通りの少ない刑場であった現在の扇町公園の場所で二人を目にし、気が付いたら匕首を抜いて斬りつけていた。

その結果、与八は即死、お糸も重傷を負った。十三郎は、お糸たちの悲鳴を聞きつけた人たちに直ぐ捕らえられた。

その後、お糸の傷は癒えたのだが、恋人を亡くした悲しさから、与八のあとを追って、胸を突いて自害してしまった。お糸は、死ぬ間際に自身の血に濡れた刃物を手に強く握ったまま「悪霊となっていつの世までも呪ってやりたい……」と言い残して死んだという。

それ以来、この辺りでは恋仲の二人が通ると呪いや祟りがあると言われているそうだ。

お糸の祟りかどうかは分からないが、この参拝出来ない奇妙な神社を含む扇町公園の周りは心霊現象の噂が絶えず、奇妙な話が多く残っている。

現在の扇町公園の辺りは、かつては京街道に面したゴミだらけの荒野で、二代将軍の徳川秀忠の時代に刑場だった。その後、明治十五年に堀川監獄(のち大阪監獄に改称)が設置され、監獄の移転が決まった大正九年以後に、公園として利用が始まったそうだ。

ゴミ捨て場から、刑場となり、その後、監獄となり、公園となった時には防空壕としても利用されており、戦災で多くの命が失われた場所という謂れがある。

そのせいか心霊スポットとしても知られていて、怪談会でも扇町公園や敷地内の市営プールやテレビ局が舞台の話を聞くことが多い。

人魂が飛び交う様子を夜に見たという人や、血塗れの白い着物が空に浮いていた話や顎より上がない着物姿の男に追われた、プールで泳いでいたら、足や髪の毛を誰も周りに居なかったのに引っ張られたように感じたという話や、他にも、泳いでいたらプールの底から啜り泣きが聞こえた、プールの水底に白い顔が張り付いていて、睨んでいたといった話がある。

私はここのプールやジムもよく利用していたのだが、今のところ、これといった怖い思いをしたことはない。

後日調べてみたところ、過去にあったプールと現在のプールは、位置が大きく異なるということが分かった。過去、プールのあった場所は、飛び込み台のモニュメントだけが公園内に残っている。

ただ現在のプールも昔、防空壕があった場所らしいので、何か感じる人がいても不思議はないのかも知れない。テレビ局内でもお盆になると、水が欲しいという声を聞いた人が何名もいるそうだ。

心斎橋にある古書店で『上方』という雑誌を見つけた。特集が怪談だったので購入し、家に帰って読むと、扇町公園について書かれた記事が載っていた。

ちなみにこの雑誌の内容は物凄く濃い。発行は今から九十年近く前で、読むとその時代にもどうやら大阪に怪談好きがいたことが分かる。

堺市の綾ノ町で、子供が砂地に数十人生き埋めにされた話や子供の首が鈴なりになっている木、南海電鉄の駅近くに藁人形が打ち付けてあるのを見に行った話や、明治のはじめに病魔が人の姿で訪ねて来た話等、色んな怪談が載っている。

扇町公園について書かれていた「ごもく山の大蜥蜴」は、こんな内容だった。

ごもくとはゴミのことで、扇町公園がゴミ捨て場として利用されていた頃に、役人が掃除を行なっていた。するとゴミの山の中から六尺(一メートル八十センチ)ほどの大蜥蜴が突然出て来たという。

驚いて硬直している役人を睨みつけると、大蜥蜴は堀川へ飛び込み、悠々と泳いで行った。その後、毎年付近で水死人が出たので、これは大蜥蜴の仕業だろうと噂になったそうだ。

古地図で調べてみたところ、監獄や刑場の前は、ゴミ捨て場であったのは事実のようだ。

今は川は埋め立てられて無いけれど、今もあちこち隆起した公園の丘からは、のっそりと異形の存在が出て来てもおかしくない雰囲気がある。

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