天六ガス爆発(大阪府) | コワイハナシ47

天六ガス爆発(大阪府)

神奈川県出身で、現在天満市場近くに住んでいる中川さんから聞いた話。

「商店街が好きだからかな、もうこの町に一目ぼれしちゃったんです。

夫と別れて子供と二人でどこに住もうかなって、出来るだけ知ってる人が誰もいなくて、生活感のある賑やかな場所に行こうって思って大阪に来たんです。

親戚も誰もこちらにはいないし、土地勘はゼロだったんですけどね。最低限の荷物だけを持って、大阪駅近くのホテルに泊まって物件探しをしたんです。

子供の手を引いて、環状線の駅でとりあえずこの辺りかな?って下りたのが、たまたま天満だったんです。

日本で一番長い商店街という喧騒にぐっときちゃって。駅近くの不動産屋の窓ガラスに張られた物件見てたら、これだって部屋も直ぐに見つかったんですよ。

子供の預け先も決まって、仕事も見つかって、全部がとんとん拍子で、もうこの町が私のことを歓迎してくれてるみたいで嬉しくって。

関東からこっちに移って来て良かったって、本当に思ってます。むしろ、どうしてもっと早くに別れてこっちに来なかったのかなって。

でもね、一ヵ所だけアウトっていうか、私が近づけない場所があるんです。K公園って知ってます?

そこの公園だけは絶対、わたし行けないんです。滑り台とかブランコがある小さい公園で、散歩中に一度子供が行きたがったから寄ったんですけど、酷い目にあったんです。

子供が遊んでる最中に、急に全身がカッと熱くなって喉がヒリヒリと痛くて、口内がカラカラになって舌がひっついて、餅にでもなったみたいに縺れて動かなくなっちゃって。

目も痛くって開けられないほど辛くて、鼻もつーんと海水でも入ったみたいに痛かったんです。

もう顔じゅう涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、子供の手を引いてその場から離れたら、急によくなって。

だからそれ以来その公園は子供にどれだけせがまれても行かないって決めてるんです。

不思議なのは、近所には他にも公園があって、大きな広い緑地公園や遊具の充実した公園に連れて行っても、子供はここよりあの公園がいいと必ず言うんですよ。

普通、母親があんな風になったらトラウマになって行きたくないって思いそうなものなのに、うちの子変ですよね。

子供って変なこだわりがあったりするから、そういうことなんでしょうかね。

あの公園は昔、凄いガス爆発の事故があった場所なんでしょ。その慰霊碑があるとかで、ますます怖くなって。

ガス爆発で亡くなった人に憑かれて、ああなっちゃったんでしょうか。わたしちょっと憑依体質なんですよ。親戚に霊媒師がいたらしいから、その血筋なんですかね。

ふらっと漂ってる幽霊に入られることがあるんです。でも、あんな目にあったのは、あの時だけなんです」

天六ガス爆発事故についての話は、親が一時期、事故現場付近に住んでいたこともあり、小さい頃に何度も聞かされた。

昭和四十五年四月に、大阪市北区菅栄町(現・天神橋六丁目)の市営地下鉄谷町線天神橋筋六丁目駅の建設工事現場でガス漏れが起こり、駆け付けた大阪ガスのパトロール車がエンストし、モーターを回したところガスに引火して炎上してしまった。

そして地下空間に充満したガスになんらかの理由で引火爆発が起こり、生じた爆風によって路上に敷き詰められた一枚四百キロもする覆工板が千枚以上、紙のように吹き飛ばされた。

それによって付近にいた人々は、鉄板で体を強打したり、炎にのまれたという。結果的に死者七十九名、重軽傷者四百二十名という被害が膨大な都市災害が起こってしまった。

家屋の被害も甚大で、全焼二十六戸、損壊三百三十六戸に加え、爆風による軽微な被害も千戸を超えていたそうだ。

私の親が住んでいた家の窓にも爆風による罅が入ったそうで、その日は北野病院に被害者を搬送する車の行き来や報道陣の騒ぎ、呻く怪我人や焼けた服を張り付かせたまま蹲る人で騒然となっていたそうだ。

中川さんが感じたモノが何かは私には分からないけれど、もしかしたら実際にK公園に行けば分かるかも知れないと思い、休みの日に行ってみた。

特に変わったところのないどこにでもあるような普通の公園だったのだけれど、慰霊碑の前で今も手を合わせる人の姿を見かけた。

大阪の町のあちこちには、近代化の途中で起こった悲惨な事故や事件の記憶が今なお残されている。

シェアする

フォローする