縁切り傷(東京都) | コワイハナシ47

縁切り傷(東京都)

土屋香織さんの胸には傷がある。ちょうど心臓の真上を刃物で刺されて、一命は取り留めたものの、無惨な痕きずが残ってしまったのだ。

殺意のこもった一撃だったが、では、誰にやられたのかと訊かれても、即答するのは難しいと香織さんは言う。

この怪我を負った二〇〇二年は、香織さんにとって人生最悪の年であった。

春、四年付き合った恋人と別れた。当時、香織さんは二一歳で、近い将来、彼と結婚するつもりで、彼の方でもそうだとばかり思っていたのだが、突然、心変わりされて捨てられた。

また、ほぼ同じ時期に、親友が海外に移住してしまった。幼い頃から親しく、思春期にいっそう深く心を通じ合わせた唯一無二の友だった。

孤独を噛みしめていたところへ、夏には、母親が、事業の運転資金と偽って彼女から巻き上げた金をすべてパチンコにつぎこんでいたことが発覚した。

これに怒ったり悲しんだりしている香織さんを、二つ年上の姉は「お気の毒さま」と嘲笑った。そもそも母のパチンコ狂いを教えてくれたのは、この姉だ。しかし姉は、香織さんが消費者金融から金を借りてまで母に貢いでいることを知りながら、借金が膨らんで大変なことになるまで、長いことあえて黙っていた節があった。

思えば、物心つく頃から、ほめてくれたことなど一度もない冷たい母だった。母にえこひいきされて育った姉が、信じられないほど底意地が悪いことも、厭というほど知っていた。

せめて父が頼りになれば。しかし、父は二つの仕事を掛け持ちして早朝から深夜まで働いており、たまに家で見かけるときはいつも、屍のような灰色の寝顔を見せて横たわっている。

父の会社が倒産したのは、香織さんが希望していた東京の有名私立大学から合格通知が届いた直後のことだ。その大学には入学後の奨学金制度がなかったため、奨学金を受けられる別の大学に進むことになった。姉は行きたい大学に進学して一流と呼ばれる企業に就職したが、香織さんは、結局、大学を中退して、二〇歳で中堅どころのIT企業に就職。パソコンのプログラミングが出来たのでプログラマーとして採用された。給料は悪くなかったが、これが災いした。収入を得るようになったら、母が猫撫で声で擦り寄ってきたのだ。

でも、お金を手渡すたびに、母は香織さんにはついぞ見せたことのない笑顔になり、母から聞けるとは思わなかった感謝の言葉を口にするのだった。

母の微笑は、麻薬のように香織さんを蝕んだ。

気がつけば、周囲に頼れる人が誰もいない孤独地獄の中で、母のために消費者金融から借りた額と大学の奨学金の残金、合わせて約六〇〇万円の借金だけが残されていた。

借金の返済に追われながら、香織さんは、今までに母と姉から受けた散々な仕打ちをひとつ残らず脳裏に蘇らせた。姉も憎いが、諸悪の根源は、やはりどう考えても母だった。姉の性格は、母が姉妹の扱いに差をつけて、姉ばかり蝶よ花よと可愛がった結果なのだから。

母への恨みをつのらせた挙句、日本三大縁切り稲荷のひとつとして名高く、家からも近かった群馬県の門田稲荷神社に詣でて、母との縁切りを願うようになった。

三ヶ月ほど足繁く通ったが、縁切りが成就する兆しがないまま、やがて年の瀬を迎えた。

その頃、香織さんが勤めていた会社の部署は、某都市銀行同士の大合併に伴うシステム開発を下請けしたことから、いわゆるデスマーチに陥っていた。デスマーチとは文字通り「死の行進」で、IT業界で、長時間の残業や休日出勤が常態化する過酷なプロジェクトに従事している状況を意味する。

深夜、二階の自室でベッドに横になるたびに足音を聞くようになったのは、そんなデスマーチ真っ只中にある師走の初旬のことだった。

午前二時過ぎ、帰宅してすぐ疲労困憊した体をベッドに投げ出した香織さんは、階段を上ってくる足音に気づいた。

ギシッ、ギシッ……。重い足取りでゆっくり上ってくる。

香織さんの部屋は階段を上ってすぐ右手で、左手には両親の寝室があった。父が帰ってきたのだろうと香織さんは思った。足音が二階に近づくにつれて、息づかいや服の布地が擦れ合うのも、気配として伝わってきた。最後の段まで上り切ったところで音と気配が止み、「あれっ?」と思ったが、疲れ切っていたため深く追求する気力もなく、眠ってしまった。

しかし、その次の夜も、香織さんは足音を耳にした。この日は、階段を上るだけではなく、階段から廊下を右手に三歩ほど進んだところにある自室の前までやってきた。ドアの前で佇んでいるように感じられたが、このときも香織さんは、深くは考えず父が来たのだろうと考えた。

下の娘の窮状に気づいて心配し、しかし何をしてやることも出来ずに絶望した父が、部屋に入る勇気さえ湧かずふがいなさを噛み締めているに違いない……そう思ったのだが。

三日目になると、足音の主は、閉まっているドアの戸板を通り抜けて、室内に侵入した。

そのとき、金縛りに遭っていることにも気がついた。気配がする方に首を向けることが出来なかったのだ。

翌日、香織さんは家に帰るのは避けよう思い、「泊まらせてください」と上司に願い出た。

しかし、「女の子なんだから帰りなさい」と言われてしまったのだという。当時、女性のIT技術者は少なく、香織さんは職場で紅一点の存在だった。仕方なく帰ろうとすると、「女はいいよなぁ!甘やかしてもらえて!」という声に後頭部を引っ叩ぱたかれた。女だからという理由で、お茶くみは香織さんの仕事とされ、プログラマーとしても、時間あたりで換算したら誰よりも多く作業をこなしてきたというのに。

何もかも厭になり、投げやりな気持ちで自宅のベッドで足音の主を待ち構える夜が続いた。

そして七日目、ついにそれは姿を現した。

枕もとに立ち、香織さんの顔を覗き込んできたのである。人の形をした真っ黒な影の塊のようで、視線は感じたが目鼻立ちはわからなかった。

八日目、黒い影はベッドに上がってきた。

九日目、香織さんに馬乗りになった。

一〇日目、彼女の首に両手をかけると、じわじわと絞めはじめた。

日増しに絞める力が強くなった。さらに三日もすると、朝、喉に手の跡が残っていないのが不思議なくらい、きつく締めてくるようになった。とはいえ痣あざも出来ていない。

この頃になると、黒い影の塊が小柄で手も小さいことに気づいていた。

香織さんは、朝、洗面所の鏡を見ながら、自分の手で自分の首を絞めてみて、素手で人を絞め殺すのは案外難しいことなのかもしれないと考えた。

その夜──足音が聞こえはじめたときから数えて二週間目の深夜──また香織さんに馬乗りになってきた影のようすが、前の晩とは異なった。右手に刃渡りの長い包丁のようなものを持っていたのだ。

殺されるんだ、と、そのとき香織さんは妙に冷静に思ったのだという。

別れた恋人、去っていった親友、母、姉、父、職場の同僚たち。今まで自分を救ってくれなかった人々の顔が次々に頭の中に浮かんだ。終わりが見えないプログラミング作業と迫る納期の恐怖、縁切り神社に捧げた報われない祈り、考えたくもない借金の残額も、胸のうちをめまぐるしく駆け巡った。

刃物を持った右腕が、香織さんの上で大きく振りあげられた。いよいよ刺されると覚悟したそのとき、突然、黒い影が飛び散って、隠されていた顔が露わになった。

血の気がなく、激しい憤怒に引き歪んで、まるで般若の面のようだが。

──私だ!

愕然とした瞬間、刃物の切っ先が胸に喰い込んだ。プツリと皮膚が小さく弾け、そこから濡れた熱感がみるみる広がった。

鮮血が噴き出すと同時に金縛りが解けたが、この後の記憶があいまいだという。遠くで女が叫ぶ声を聞いたような気がするそうだ。前後の辻褄を合わせれば、たぶん香織さん自身の悲鳴なのだろう。それとも、惨状を見た母か姉の声だろうか。

胸の刺し傷は先の尖った刃物によるもので、胸の中央に近いやや左寄りの、つまり心臓の真上にあたる部分を垂直にひと突きされていた。不幸中の幸いで、刃先が胸骨に当たって斜めに滑り、肋骨に邪魔されて肺の表面を傷つけはしたが、命に別状なかった。

傷跡の形状から、治療を担当した医師は、包丁による自殺未遂を強く疑った。緊急搬送にあたった救急隊員も、香織さんの両親に「刃物を抜きましたか?」と尋ねたらしい。

医師の見立てでは、家庭用の包丁として一般的な万能包丁か出刃包丁で刺されているとのことで、事件性アリと見み做なした病院から警察に通報があったが、家中くまなく探索しても、それらしい刃物は見つからなかった。

しかし、もっとも奇怪なのは、テトロン綿を詰めた分厚い冬用の掛け布団と毛布、タオルケット、そして厚手のネルのパジャマがどれもまったく裂けも破れもしていなかったことだった。また、ベッドの香織さんの胸の周り以外には血痕もなく、窓は施錠され、一階の玄関ドアも内側から施錠されたうえチェーンまで掛かっていたという。

あまりの不思議さに、香織さんは、自分を刺したのは、母をはじめ自分を苦しめる人たちに対する恨みの念だったのではと考えるようになった。

こんなことはもう二度と御免だ。だったら恨むのをやめるしかない。もう恨まない、と決めると、これ以上縁切り神社にすがりたいとも思わなくなった。

すると、かえって縁切りが叶ったかのように支社への人事異動の辞令が出されて、退院後ひと月も経たず、実家を出て支社の社員寮に入れることになった。

女だから差別されてばかりいると思っていた職場だったが、上司は彼女の働きぶりを評価して、社長に報告を上げてくれていた。入院中に社長がお見舞いに来てくれたとき、香織さんは今まで自分がどれほどかたくなに心を閉ざしていたかを悟った。

その後の四年間は順調だった。異動した先には女性のスタッフが数人いて、友だちも出来た。そして再び恋をした。

居酒屋で知り合った同じ年頃の土木作業員の男性と交際を始めたのだ。陽気なひょうきん者で、しょっちゅう冗談を飛ばしているような人だった。香織さんは二五歳になっていた。「結婚すればいいんだろう?」と迫られ、つい、避妊を怠たった。そしていわゆる出来ちゃった結婚をしたのだが、この辺りから雲行きが怪しくなってきた。

妊娠した途端、夫が仕事を辞めてしまったのだ。生まれてくる子どものために働いてほしいと言ったが聞き入れてくれない。しかも香織さんに暴力を振るうようになり、最初は軽く突き飛ばす程度だったが、だんだん手加減しなくなってきた。

四月、妊婦検診に行く香織さんに夫がついてきた。妊娠五ヶ月目、週数にして一八週が経ち、腹はポッコリと出っ張っている。そろそろ赤ん坊の性別がわかる頃合いだ。

病院に着く前に、道を歩きながら夫と口喧嘩した。夫が押し黙り、喧嘩にひと区切りついたと見なした香織さんは、道を急ごうとして、先に立って歩きはじめた。

彼に背中を向けることになった途端、腰に強い衝撃を受けた。爆風に飛ばされたように地面に叩きつけられた香織さんは、激痛の中で走り去っていく足音を聞いた。

重たげな、大きな足音だった。夫がいつも工事現場で履いていた、爪先に鉄板を仕込んだエンジニアブーツ。あれは走るのには向かない。妊婦を蹴るのには……どうだろう。

地面に倒れ伏したまま、震える指で携帯電話のボタンを押して、救急車を呼んだ。妊婦検診を受けるはずだった病院に運んでもらい、手術を受けた。

蹴られた時点で腰骨が砕け、破水していた。手術後、流産したと告げられたが、見せられた小さな亡骸には目鼻耳口があり、その紅葉のような手は可愛らしい爪までそなえていた。

必死で抑えてきた恨みの念が、身のうちに膨れあがるのを感じた。

再び足音が聞こえてきたのは、その夜のことだった。病室のベッドで暗い天井を見上げていると、近づいてくる者があり、金縛りが始まった。

──来た。

また私が私を殺しにやってきたのだ。

──そうだ、あの人を憎んでも赤ちゃんは生き返らない。離婚して、やりなおそう。

生きたければそれしかないのだ。恨みとの縁を、今度こそ本当に断ち切らねば。

入院中に離婚届を取り寄せて、夫に判を押させ、退院するとすぐに杖をついて役所に行き、離婚届を出した。リハビリしながら復職し、仕事を続けた。

二年後、現在の夫と出逢い、プロポーズされた。一〇歳年上で物静かな人だが、誠実な人柄に惹かれて再婚した。その後、夫の助けを得て、行きたかった大学に遅まきながら進学し、学びたかったことを学び、三一歳で卒業した。夫婦仲は申し分なく、良い友人たちに囲まれ、充実した日々を送っている。すでに借金も返し終わった。

一生消えない胸の傷痕も、今はひそかに誇らしい。

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