Kさんが福山市に帰省した時の話。
自分の部屋に入ってみると物置になっている。
俺、どこで寝るんだ?と文句を言うとお母さんに、客間で寝れば、と言われた。
夜中、仕方なく客間で寝ていると、誰かに両脇をつかまれた感じがして、目が覚めた。
夢ではない。つかまれたまま部屋の端に引っ張られていく。
体が布団から引きずり出されて、畳の上を引きずられ、ドン、と頭に何かが当たった。
押し入れの襖だ。
これで止まったと思ったら、頭が襖の中に入りこんで、あたりが真っ暗になった。
お腹のあたりまで引きずりこまれると、つかんでいた手もスッと離れた。
真っ暗な中に、自分ひとりだけがポツンといる。
なんとか押し入れから出ようとするが、体が上手うまく動かない。
その時、真っ暗闇の上の方から、小さな緑色の点が見えた。
他には何も見えないので、目がその点に釘付けになった。
その点がどんどん降りてくる。
近くまで来ると、髪の毛も何もない緑色の顔だった。
それがどんどん近づいて来て、目の前でピタリと止まった。
怖いから目をつむりたいが、目が閉じられない。
体の自由がきかないから、その緑の顔から自分の顔をそむけることができない。
どれぐらい長い間見つめ続けただろうか?
ふと、気がつくと朝になっていた。
寝た時のまま、布団の中で汗をびっしょりかいている。
飛び起きて押し入れをのぞいてみたが、普通に布団袋や箱などが整然としまってあるだけだった。
お母さんにその話をすると、突然お母さんは客間に走っていって、押し入れの中から新聞紙に包まれた四角いものを持ってきた。
その新聞紙を破くと油絵のキャンバスが出てきた。
そこには、真っ黒に塗りこめられた絵の中に、ポツンと緑色の顔が描いてあった。
昨日の夢で見た顔だ。
何これ?とお母さんに尋ねると、死んだお父さんが描いたたった一枚の絵だという。
お母さんは、気持ち悪い絵なんだけどお父さんの遺品だと思うと捨てられないのだ、と言う。
その絵は再び新聞紙に包まれて、押し入れにしまわれた。