顔振峠(埼玉県) | コワイハナシ47

顔振峠(埼玉県)

顔振峠

埼玉県飯能市と越生町にまたがる顔振峠は標高が五〇〇メートルあり、展望台から大宮の高層ビル群が見晴らせる観光名所だ。源義経が奥州へ逃れる際に絶景に見惚れてここで何度も振り返ったことが名の由来だとする説もあるほど景観が良く、終戦後の復興に伴って全国的にハイキングが流行ると、すぐに注目を集めるようになった。

舞さんの兄がガールフレンドを連れて顔振峠に行ったのは一〇年近く前のことで、当時兄は大学二年生、ガールフレンドは兄の高校時代の同級生で、舞さんは高校三年生だった。

最初は舞さんも「来るか?」と誘われたのだが受験勉強があるからと言って断った。

本当は、そのときはまだ四月の下旬で、そんなに焦っていなかったのだが、兄の彼女に遠慮したのだ。それに兄は妹想いが行き過ぎていて、舞さんの誕生日やクリスマスにはプレゼントを欠かさず、普段も何かというと話しかけてきて、少々鬱陶しかったのだ。

兄は顔振峠で彼女と二人並んだ写真を携帯電話のカメラで撮り、家にいる舞さんにメールで送信してきた。兄も彼女も大きな笑顔で、二人の後ろによく晴れた青空が映っていた。

撮った角度が悪くて、これでは景色がわからない。舞さんは苦笑いして写真を閉じた。

二〇分ぐらいすると、また兄から写真が送られてきた。

今度は空しか写っていない。いったいどういうつもりだろう?

「何これ?」と舞さんは兄に返信した。すると、すぐに返信があったのだが、テキストは無く、一面真っ黒な黒ベタの画像が貼られていただけだった。

「さっきから何なの?」と舞さんは返信した。

兄は答えなかった。午後五時頃、暗い顔で帰ってくると夕食を断って部屋に閉じこもり、後からわかったことだが、すぐにドアノブにネクタイを掛けて首を吊った。

翌日「朝ごはんよ」と母が兄を呼びにいって、返事がないのでドアを開けると、すでに冷たくなった兄が脚を投げ出して座った格好で絶命していたのだ。

そして、これも後に判明したことだが、同じ時刻に兄のガールフレンドも自殺していた。

兄の死を伝えるために彼女に連絡を取ろうとして、明らかになったことだった。

二人とも遺書を残しておらず、悩んでいた素振りもなく、顔振峠を訪れたときに何かあったには違いないけれど、何が起きたのか見当がつく者が一人もなかった。

空の写真と黒ベタの画像にどんな意味があったのか、舞さんは長い間頭を悩ませていたけれど、携帯電話からスマホに切り替える際に移し忘れて、あの日兄が送ってくれた写真を三枚とも失くしてしまった。

「私は顔振峠には一生行きません。わけがわからなくて怖いから」と舞さんは言う。

顔振峠の噂

インターネットで顔振峠を検索してみたところ、心霊スポットとして紹介しているサイトを見つけた。顔振峠には女性の幽霊がいるそうで、「目撃した人はとても怖い体験をしており、上から女性の幽霊が落ちてきたと言っています。顔振峠を車で走行しているとボンネットに幽霊が落ちてくるなどの怖い噂があり、昔の修行に耐えられなかった人の霊なのではないかとも言われているようです」などと書かれていた。

……昔の修行?なんの修行だろうと思って調べたら、どうやら山伏の修行、修験道のことのようだ。室町時代に山本坊・栄円によって関東の修験道の拠点として拓かれた霊場が、顔振峠と尾根続きで隣接した黒山にあるのだ。

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