祓われない子(神奈川県横浜市) | コワイハナシ47

祓われない子(神奈川県横浜市)

昔から住宅地の多い神奈川県横浜市でも、比較的、新興の住宅街に暮らす佐藤智子さんは、およそ九年前から現在まで、長男の霊につきまとわれているそうだ。

つきまとわれる、という言い方は正しくないかもしれない。話を伺った限りでは、一緒に暮らしているという印象を受けた。

順を追って綴ろうと思う。

智子さんは福島県福島市出身で、現在四〇歳。夫は小学校では三学年上の先輩で、親同士が親しかった。その縁で、東京都内の大学に在学中に、同じく都内の別の大学に進学していた彼と引き合わされたが、そのときは恋愛関係にならず、智子さんが二八歳のときにあらためて交際しはじめて、翌年に結婚した。

結婚と同時に、夫が横浜市内の新興住宅地に一戸建ての家を購入した。当該する区の人口と世帯数は、横浜市のみならず日本の政令指定都市の行政区のなかでは最大で、私鉄沿線が通る区の東部には、平成に入ってからはとくに一戸建て住宅が急増した。雑木林や公園が点在し、公立の教育機関も充実している、子育てに向いた環境だ。

智子さんは早く子どもが欲しかった。できれば三〇歳になる前に第一子を産み、三人ぐらいもうけられたら……と、入籍前から夫ともよく話していた。横浜の家に入居する前に智子さんは勤めていた広告代理店を辞めて、DTPデザイン(書籍用の文字組のデザイン)とオペレーターの在宅ワークに切り替えた。

「会社に勤務しているときに、DTPやウェブ関係の検定試験をいくつか受けて資格を複数持っていたので……。私は、そそっかしいところもありますが、人生については割となんでも計画的な方です。進学、就職、結婚などは、冒険せずに、ちゃんと準備して臨みました」

しかし、計画通りにいかないこともある。事故や病気、そして妊娠などは、思わぬタイミングで人生に降りかかるものだ。

「まず、なかなか妊娠しませんでした。三〇歳の誕生日を過ぎてしまったときは焦りましたよ。不妊治療が必要かもしれないと思って病院で診てもらったけれど、異常は全然ありませんでした」

そこで、正月に帰省した折に、実家と同じ市内にある篠しの葉は沢ざわ稲荷いなり神社という神社で、子授け祈願のご祈き祷とうをしてもらったそうだ。安産と子授けに霊験あらたかであるとして、地元では有名な神社だという。

その甲斐あってか、春には懐妊した。出産予定日は翌年の一月一〇日。

しかし妊娠後期に不正出血があり、三六週目で早産してしまった。幸い新生児集中治療室からは三日で出られて、担当医は今後の生存率は正期産と変わらないと太鼓判を押してくれたのだが、二月のある朝のこと──。

「明け方にミルクを欲しがることが多かったのに、そのときは七時過ぎに私が目を覚ますまで静かで……。眠ってるのかなと思って顔に触ってみたら、もう冷たくなっていました」

乳幼児突然死症候群だった。うつぶせ寝や、添い寝する親の「覆いかぶさり」による鼻と口の閉塞や胸部圧迫、あるいは親の喫煙が要因だと言われているが、原因がわからないことも多い。智子さんの長男のケースも、添い寝はしておらず、あおむけに寝かせており、夫婦共に煙草は吸ったことすらなかった。

智子さんは、軽度の早産であったことと、母乳の出が悪かったため人工粉ミルクを飲ませていたことで自分を責めた。

「お医者さまには、そういうことと赤ちゃんが死んだことの因果関係はわからないのだから、ご自分を責めないでくださいと言われましたけど、無理ですよ。私のせいだとしか考えられませんでした。そうかと思えば、私のせいじゃないって泣き叫んだりして、頭がおかしくなりそうでした。実際、その後、七月まで記憶が飛んでるんですよ。でも、また妊娠していることがわかって、しっかりしなければと自分に言い聞かせたんです」

七月初旬のその時点で、妊娠四週目に入っていた。

再び子どもを授かったことがわかるとすぐに、智子さんは夫と一緒に、亡くなった長男の墓前に手を合わせに行ったのだという。

「さっき言ったように、私はその頃のことを憶えていませんでしたが、夫が納骨堂を買ってくれていたんです。実家のお墓は福島だから遠すぎる、しょっちゅう通えるところにお墓があれば、死んだ子も寂しくないだろうと思ったと夫は言っていました。最新式の納骨堂で、墓石のところにお骨を納めた箱が電動で運ばれてくるんですよ。全然現実感がなくて戸惑いました。私の赤ちゃんがあんな箱に入っているだなんて……」

智子さんは前にもこの納骨堂に来ていたが、記憶していなかった。戸惑いながら手を合わせていると、厨ず子しの中から赤ん坊の泣き声が聞こえてきたのだという。

「私の、赤ちゃんでした」

そのときは夫も泣き声を聞いた。そして帰宅後、智子さんが記憶していない二月から七月までの五ヶ月間に何が起きていたのかを彼女に話した。

──君は、初めは死んでしまうんじゃないかと思うほど沈んで、寝たきりだったけど、二週間ぐらいしたら急に元気になって、また子どもの世話をしはじめたんだよ。僕には止められなかった。僕にも赤ん坊の姿が何回か見えたから。

智子さんによると、長男は次第に成長しているのだという。

次男が生まれてからも消えることなく、ずっと智子さんのそばにいる。

「弟くんは、三歳くらいまではお兄ちゃんとよく遊んでました。幼稚園に通いはじめてから、お兄ちゃんのことを口にしなくなってきたので、見えなくなったんだなぁと思っていたら、小学校に入ってだいぶ経ってから、うちのお兄ちゃんはよその家にあげちゃったのって訊くんですよ」

智子さんが「違うよ」と答えたら、長男が次男の後ろに現れた。

「亡くなったんだよ」と教えるつもりだったが、その顔を見てつい、「ここにいるよ」と言ってしまったのだそうだ。

長男は、一所懸命に泣くのをこらえていた。

「かわいそうで、とてもじゃないけど、死んじゃったなんて言えませんでした。弟くんは、どこにいるのって不思議そうにしていました」

この出来事を夫に話したところ、夫は、納骨堂の管理母体になっている寺院では除霊を行っていないので、祓う場合は神社にお願いすることになると思うと言った。

智子さんは驚いて、「祓うなんて、とんでもない!」と夫に対して怒った。

そのとき、長男が嬉しそうに抱きついてきたのだという。

そして夫は、その夜から高熱を発して、明け方には「呼吸がしづらい」と智子さんに訴え、結局、検査も含めて三日間入院する羽目になった。

「でも、入院したときには治っていたんですよ。健康診断を受けに行ったようなものです」

なぜ症状が治まったかというと、智子さんが祓わないことを長男に約束したから。

「夫も、本気で祓いたいと思ったわけじゃないと言い訳してました」

今、智子さんの長男は九歳だ。とても元気な男の子だそうだ。

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