門司の怪(福岡県北九州市) | コワイハナシ47

門司の怪(福岡県北九州市)

門司の怪①

門司港は、今は福岡県北九州市門司区にある観光スポット《門司港レトロ》で知られているが、明治時代に国の特別輸出港に指定されて以来、貿易港として発展してきた。

そんな門司で起きた二つの怪異をご紹介する。

一つ目は、約四〇年前に門司にある火葬場での出来事。

生花店に勤めていた佳世子さんは、六月の宵の口に、〇〇斎場に花を届けに行くことになった。佳世子さんはこの仕事を始めて日が浅く、〇〇斎場を訪ねるのは初めてだったので、二歳上の先輩スタッフが同行した。

「次からは一人で行ってもらうけん、道ばしっかり覚えて」と言われ、彼女は気を張って生花店のバンを運転した。

助手席の先輩に道を教えられながら行くと、間もなく斎場の看板が見えてきた。

傍に溜め池があり、水のほとりに真っ赤なクーペが駐車されていた。

「先輩、あげん場所に車が……」

「ああ、あれか。見らん方がよか!」

なぜそんなことを言うのか、と思ったが、それは帰り道に明らかになった。

搬入を終えて斎場から出ると、再び溜め池の近くを通った。赤い車がまだあって、さっきは気づかなかったことだが、運転席に若い女が乗っているのも見えた。

通りすぎる刹那、佳世子さんは女と目が合った気がした。

その直後、女は赤い車ごと掻き消えた。

後で先輩に聞いたところでは、由縁についてはわからないが、あの溜め池のそばに赤いクーペの女の幽霊が出ることは地元の若者たちの間では有名だとのことだった。

門司の怪②

引き続き、二つ目の門司の怪を綴る。

福岡の会社員、晴翔さんは、門司駅の付近にある支所に出張した。彼には少し霊感らしき力があって、何か起きる前触れとして必ず右耳の奥が鈍く痛みはじめる。このときも門司駅に着いたときから痛くなってきたので、嫌な予感がした。

あまり気にしないようにして支所へ向かった。時刻は午前一一時を少し過ぎたぐらいで、駅構内は空いていた。支所には午後一時までに着けばよかったのだが、その前にこの辺りで腹ごしらえをするにせよ、先に場所を確認しておこうと考えた次第だった。場所は南口の駅前交差点から徒歩一分と聞いていた。駅前ターミナルの向こうに交差点の信号機が見えたので、そちらへ向かって歩きだした。

突然、右耳の鈍痛が急に強まった。キィーッと黒板を引っ掻くような耳鳴りもしはじめて、思わず右耳を押さえて立ち止まった。

すると、掌で塞いだ耳に、後ろで大勢の人々がざわめいているような音が聞こえた。

背後に大群衆がいるかのようで咄嗟に振り返ったが、閑散とした駅前ターミナルの景色があるばかりだった。恐る恐る掌で右耳を塞ぐ……と、ざわめきの中に幼い子どもの泣き声が聞こえた。しかし子どもの姿など無い。さらに、もう少し大きい別の子どもの「かあちゃん、かあちゃぁん!」と叫ぶ声や、若い女性が「たけし!たけし!」と誰かの名前を呼んでいるのまで聞き取れてきたので、怖くなって掌を右耳から離した。

……喧噪は消えて、鈍痛と耳鳴りが蘇った。

そのとき、掌で押さえている間は、右耳の痛みなどが消えていたことに気がついた。

また右耳を手で塞ぐ、と、すぐに鈍い痛みが消えて、今度はゴーッという轟音と入り乱れた足音、そして幾つもの悲鳴が聞こえた。

辺りを見回しても、そんな音がしそうなものは何も無かった。

幸い正午を過ぎた頃からこの異変は鎮まり、無事に出張を勤めおおせたとのことだ。

晴翔さんはこの現象を自分で分析して、「門司では空襲があったそうなので、その瞬間の門司と僕の右耳のチャンネルがたまたま合ったのかもしれません」と仰っている。

──第二次大戦中、門司では、一九四四年六月の八幡空襲で二六二人、一九四五年六月と七月の門司大空襲で一八〇〇〇人の死傷者が出た。三七七〇戸の家屋が焼失し、明治以来の国際貿易港の花舞台、門司の町は壊滅的な打撃を被ったという。

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