その女の姿(山口県岩国市) | コワイハナシ47

その女の姿(山口県岩国市)

一〇年ほど前のこと、左官屋の壱郎さんは、その頃、山口県で進行中だった少し大きな仕事を請け負い、同県岩国市の寮に入居することになった。

寮といっても元請けが今回のためだけに借り上げた一戸建ての民家で、左官屋や工事作業員など壱郎さんを入れて男ばかり四人が、そこで当分の間、共同生活を送るのである。

着いたその日は大雨が降っていて仕事が出来ず、新しい仲間と酒盛りをして親交を深めようということになった。

茶の間でテレビを点けて適当に観ながら、明るいうちから飲み食いしていると、玄関の方でガシャンガシャンと物音がした。

この家の玄関は磨りガラスの引き戸になっていた。どうも、その引き戸を叩いたようだ。

「誰か来たんやなかか?」と壱郎さんが言うと、仲間の一人が座ったまま茶の間の襖を開けて、「はーい!」と玄関の方へ向かって声を張りあげた。

無精だな、と思ったが、壱郎さんだって玄関に行くのは面倒だった。そこで開いた襖の方へにじり寄ると、首を伸ばして玄関のようすを窺った。

「人が来とぉやんか。誰かんカミサンやなか?」

磨りガラスを透かして女のシルエットが見えた。だから誰かの妻が届け物をしに来たんじゃないかと思ったのだ。けれども皆、首を傾げて、「うちのヤツは一度も来たことがない」

「わしんとこのも冷たいもんだよ」「わしゃ独身じゃ」などと口々に否定した。

「自分も独り者ばい。まあ、よかや。……鍵は開いてますから、どうぞ!」

壱郎さんが大声でそう言うと、すぐに磨りガラスの向こうから女の声がした。

「で~は~ご~め~ん~く~だ~さ~い~」

異様に間延びした、奇妙な感じの震え声だった。

「なんや?」と四人で顔を見合わせていると、玄関の引き戸がガタッ……ガラガラ……ガタ……ガラ……と、引っ掛かりながら開いて……。

入ってきた女の姿を見た途端、全員が気を失った。

壱郎さんは、何か怖ろしいものを見たけれど、どんな姿形をしていたかは記憶していないと言う。他の三人も同様で、なぜ気絶したのか、意識を失う前に女とやりとりがあったのか、そもそも本当に女だったのかも、まるで憶えていないそうだ。

四人同時に目が覚めたときには、玄関の引き戸が開いており、外の薄闇を驟雨が霞ませているだけだった。

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