池の中にある町(大阪市阿倍野区) | コワイハナシ47

池の中にある町(大阪市阿倍野区)

あべのハルカス近くに、池の中にある町があるという。そこには大蛇伝説が伝わっている。

その町の傍の池で暴れていた大蛇を聖徳太子が退治し、穴を深く掘り、その地に埋葬された。

しかし、夜な夜な毒気を吐いたり、怪しいことが続くので、大蛇の霊を鎮めるために「おろち塚」を建てた。

現在その塚は残念ながら残っていないようなのだが、塚があったとされる場所は現在の桃ヶ池公園辺りだという。

この話を知人から聞いて、気になったので実際に伝説の残る池の中の町に行ってみた。

朝早くに行くと、池の周りの空気は澄み、蓮の葉の上で丸い宝石のような露が光っていた。

白い膨らみかけた蓮の蕾や、家の前の朝顔の鉢。竿竹に干しっぱなしの洗濯物が風に靡いている。

なんだか、現実感がないくらい綺麗な場所だな、まるでドラマのセットみたいだと思ったら、実際ここはNHKの朝ドラの舞台になっていたそうだ。

大蛇伝説を確認出来るものはないかなと思って探し回っていると、由来書きのある立て看板を見つけた。

かなり古い物なのか、文字があちこち擦れて判別出来なかったので、読める範囲を文字起こしをすると、こんな内容だった。

「股ヶ池明神略記」

飛鳥時代。

人皇第三十三代推古天皇の御世に股ヶ池中央にある浮島のくぼみに胴のまわり一丈〇〇六本長(解読不明)、あろうかと思われる偉大なる怪物の死体が横たわっていて人民の愁いあり。

時に聖徳太子が、この地に穴を掘って怪物の死体を埋めたが、その後もひきつづいて池には怪異がおこるので、その怪物の霊が浮かばれないからだと、この地に塚をたて、おろち塚と称して天神地鬼を祀ったのである。

この塚は昭和の初期まで残されていた。

それから星うつり年変わりて幾百年、高津〇番丁に住む信心深い角田某と云う人が或る夜、夢の中に神前に祈祷をしている際、俄に紫雲がたなびき亘り、その中に蚊竜が降りて来て、哀れ悲しい声で「どうか股ケ池に於て祀りをして呉れ」と哀願するや夢からさめた信心厚い此の人は神の御宣託なりと早速に「おろち塚」の北の処に一宇を建て丸高丸長の二大竜王として祀ったと伝えられている。

予め聞いていた話と大まかには同じだったけれど、おろち塚を建てた人の苗字と番地が残っているのが気になった。

もしかしたら昭和の頃まであったと記載されているので、本人や子孫の方がいらっしゃって話を聞けるかも知れない。

そんなことを思いながら池の周りを歩いていると、私の姿をじっと見ている人がいることに気が付いた。

不審者ではないというアピールをせねばと思い、マスク姿なので表情は殆ど分からないだろうけれど、ソーシャル・ディスタンスを守りながら、なるべく笑顔で明るい声で訊ねてみた。

「こんにちは、ここにあったって言うおろち塚や大蛇伝説について調べてるんですけど、なんか知ってる話とかありますか?大蛇関連のどんな話でもいいんですよ」

「亀は沢山いるけど、蛇はおらんねえ」ということだった。

他の人に同じ質問をしてみたところ、こんな話が聞けた。

「昔、夜に、池の中に髪が長くて黒くて、首も異様に白くて長い人がねえ、立ってることがあった。池の中にじーっと月明かりの下におって、灌木がたまたま月明かりの加減でそう見えたのかも知れないけど、白くて首の長い人が本当に池の中にいるように見えて、あれは竜神様の眷属じゃないかと思えて恐ろしかった。水垢離石とか、不思議な形の石とか池の周りには沢山あるから、由来やらは分からないけど変わった独自の、竜神様に纏わる信仰が昔この辺りであったんと違うかなあ?」

池の中には蛇島と呼ばれる小島もあり、そこに大蛇の伝説に纏わる何かが残っているらしいと聞いたのだけれど、流石に池を泳いでいくわけにも行かず断念した。

そして角田某氏を現地でかなり探したのだが、見つけ出すことは出来なかった。

ちなみに住吉区の万代三丁目にある万代池にも、聖徳太子による妖怪退治の伝承が残っている。

シェアする

フォローする