臭いと鍵(東京都江戸川区) | コワイハナシ47

臭いと鍵(東京都江戸川区)

町工場が集中している地域は地方都市にもよく見られる。家内制手工業を中心に昭和の高度経済成長期頃に著しく発展したが、時代の移り変わりとともに現在では全国的に衰退しつつある。

東京都では、埼玉県や千葉県との県境や東京湾を臨む下町に町工場が今でも多い。この体験談の舞台、江戸川区もその一つで、一〇〇〇を超える繊維、木材、ガラス、印刷、製本、金属、機械関連の小さな工場がある。

江戸川区の特徴は「住」と「工」の混在だ。住宅地と商店からなる人の生活エリアと町工場が入り混じっているのである。ちょっとした騒音でも訴訟沙汰に発展する昨今では珍しく、おおらかな下町人情が残る土地柄ならではという気がする。

月丘芳和さんは江東区で床屋を営んでいる。三階建ての自宅の一階を店にして、二階に事務所と自分用の寝室があり、妻と子の寝室と台所や浴室など生活のメインとなる居住スペースは三階に設けた。開店してから三〇年近く経ち、すっかり地元に根づいており、常連客には町工場の工員さんも多い。

今から一〇年ほど前のことだが、一階を作業場にして二階で暮らすという典型的な町工場の親父さんが、自分の息子を連れてきた。親父さんは何年も前から床屋の常連で何ひとつ問題ない良い客だったが、この息子には困った点があった。

風呂嫌いが原因で、身体がひどく臭うのだ。

頭も汚れていて、フケと皮脂が髪の根もとにみっしりとこびりついていて、カットの前に最低でも三回はシャンプーしないことには、どうしようもなかった。

来店した瞬間に、店に染みついているシャンプーやリンスの香りを突き抜けて、異様な臭いが強烈に漂ってきたので閉口したが、親父さんが常連だからという以上に、無碍にはできない事情があった。

連れてきた親父さんによれば、彼の風呂嫌いの原因は、五歳のときに自宅の浴槽で溺死している母親を発見してしまったせいだというのだ。さらに彼には軽度の知的障害があり、三〇歳になるというのだが、中学生のような受け答えしかできない。こんなふうに二重に気の毒で、しかも親父さんは顧客でもあるし、断れないと芳和さんは思った。

しかし、この青年──仮に手塚くんとする──が、二、三週間に一度のペースで通ってくるようになると、すぐに芳和さんは彼のことが気に入った。

ほがらかで愛嬌があり、お人好しで憎めないヤツだったのだ。愚痴や不平も言わない。人を疑うことを知らないようすだから、見るからに悪人に騙されやすそうだったが、親父さんが自分の工場で働かせてしっかり面倒をみているうちは安心だと思われた。

手塚くんは一九九五年に解散したロックバンド「ザ・ブルーハーツ」が好きで、コンサートに行ったときの話を繰り返し聞かせてくれた。コンサートに行ったのは、後にも先にも小六のときのそれ一度きりで、親父さんに連れていってもらったのだが、手塚くんはまるで昨日のことのように夢中で話すのだった。

何度目かに来店したとき、手塚くんが希望したのでロックミュージシャンっぽい金髪にしてあげた。彼はたいそう気に入ったようで、その後、カラーリングしてやってほしいと言って彼女を連れてきた。

手塚くんに彼女がいたことに芳和さんは内心びっくりしたが、聞けば初めての恋人だということだ。自慢したかったのかもしれないが、たまたま彼女がこの床屋の隣のアパートの二階に住んでいるとわかったことも、連れてきた理由のひとつだった。

お隣であれば、よく通ってくれるようになるかもしれない。芳和さんは手塚くんに感謝しながら、彼女が希望するとおりに髪を染めた。

その結果、二、三日して偶然、店の前で彼女と会ったら、「とてもいい色にしてもらって、ありがとうございます」とお礼を言われたので安心していた。

ところが翌週になって、突然、彼女が店にやってきたと思ったら、「お願いした色と違うんで、染め直してくれますか?」と酷くつっけんどんな口調で言うので驚いた。

その日は日曜日で、予約したお客さんで店は満員。待っている人たちがいる目の前でクレームをつけられて芳和さんは困惑した。

「今日はご予約の方が大勢いらっしゃるので、出来ましたら、ご来店するお時間を決めてくださいますか?」

「イヤ!今すぐやって!」

芳和さんの手が空かないのは状況を見ればわかること。そのうち彼女は店の中で立ったまま煙草を吸いはじめた。嫌がらせとしか思えない態度だ。これには芳和さんもカチンときて、先日いただいた代金を全額返金して帰ってもらうことにした。

「へッ。前の店じゃあ三回、染め直してくれたのによッ」

と、彼女は捨て台詞を吐き、煙草の吸い殻を店先で踏み消して去っていった。

手塚くんはこの出来事を彼女から聞いて、ショックを受けたようだった。

数日後店に来て、芳和さんに謝り、「俺の顔に泥を塗る気かと怒ったんですよ」と話した。

──手塚くんのお父さんが来店して「うちの息子が亡くなりました」とポツリと告げたのはその三ヶ月ほど後のことだった。

手塚くんがオートバイで亀戸の十三間通りを走っていたら、路肩に停車していたタクシーのドアが突然開いてぶつかり、地面に投げ出されて片足を骨折したのだという。

そして病院に救急車で搬送されて一晩入院して治療を受けたが、帰宅した途端、「気持ち悪い」と言って玄関に座り込み、そのまま亡くなってしまったそうである。

検死を受けた結果、ギプスを着けて長時間同じ姿勢でいたことによるエコノミー症候群によるとのことだ。

思いもよらないことで芳和さんも衝撃を受けたが、父一人子一人でずっとやってきた親父さんの憔悴ぶりは酷く、痛ましくて見ていられなかったという。

手塚くんの訃報からしばらくして、芳和さんが寝ていると、寝室の床をギシギシと軋ませて誰かがベッドの方に歩いてくる気配がすると同時に、嗅ぎ覚えのある臭いが漂ってきた。

──手塚くん?

間違いなく風呂嫌いの手塚くんの体臭だった。足音が近づくにつれ、臭いもどんどん強まってくる。手塚くんを怖いと思う日が来ようとは今まで想像したことがなかったが、幽霊だと思ったら急に怖ろしくなった。姿を見ようと思っても目が開かなかったので、恐怖がいや増した。

手塚くん特有の臭いと気配が濃厚になり、寝ている芳和さんを押し包んだ。

そのとき、子どもの頃に祖母から教わった神道の祝詞の一節が、なぜか心に浮かんだのだという。

「かんながらたまちはえませ(惟神霊幸倍坐世=神の御心のままにお導きください)、かんながらたまちはえませ、かんながらたまちはえませ……」

一心に唱えていたら、唐突に、手塚くんの臭いと気配が消えた。

その直後、隣のアパートの方から絶叫があがった。

「ぎゃあああああああっ!」

芳和さんの認識では、殺人事件が起きたのかと思ってしまうほど身の毛もよだつような、大きな叫び声だったのだが。

翌朝、妻が言うことには、昨夜、家のインターフォンのチャイムが鳴らされたが、気味が悪かったので無視したのだそうだ。悲鳴は聞いておらず、「窓から玄関の方を見てみたけれど、誰が来たのかは暗くてわからなかった」と話した。

変なこともあるものだと思いつつ、芳和さんが新聞の朝刊を取るために玄関から表に出たら、インターフォンの下に鍵が落ちていた。これは妻が言うように深夜にチャイムを鳴らした人物が落としていったに違いないと考えて、彼はこの鍵を近くの交番にすぐに届けた。

正午を過ぎた頃、朝、鍵を届けた交番の巡査が床屋に芳和さんを訪ねてきた。

「今朝の鍵ですけど、お隣のアパートの〇〇〇さんの部屋の鍵でした。遺失物届は出ていなかったのですが、偶然、アパートの大家さんにお会いしたので鍵を見せしたら、うちのアパートのだと言ってナンバーを調べてくれて持ち主がわかったので、今、お届けしてきました。月丘さん、〇〇〇さんとお会いしたことがあるんですってね?〇〇〇さんに『隣の床屋さんが届けてくれた』と言ったら、会ったことがあると……。でも、どういうわけか鍵を渡そうとしたら〇〇〇さんは気味悪がって、最初は受け取りたがらなかったんですよ。結局受け取らせましたけど、変わってますよね。普通、失くしていた鍵が出てきたら喜びそうなものですけどねぇ」

〇〇〇さんというのは、例の手塚くんの彼女だ。

あの鍵は、手塚くんが生前、彼女から預かっていた合鍵に違いない。だから彼女は不気味に感じたのだろう。

──手塚くん、出る家を間違えちゃったのかなぁ。それともやっぱり、〇〇〇さんは手塚くんの幽霊を見て悲鳴をあげて、それを僕が聞いたのかしら。

芳和さんと彼の妻は、今でも時折、この出来事を話題にするという。

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