過去に、私が主宰していた怪談会に来てくれていた、淀川区に住む橋本さんから聞いた話。
今は無いですけど、アリバイ横丁ってあったでしょ。覚えてます?本当は行ったことがない各地の名産品が、お土産として買えてしまう場所。だから出張に行ってきたとか、旅行に行ってもいないのに行ったとアリバイに使えるから、アリバイ横丁。
梅田の阪神百貨店の地下にずらーっと婆さんが並んでてね。あの風景、結構好きやってんけどね、大阪らしさがあったから。でも今やったらインターネットで日本中のお土産が買えるから意味ないか。
三年ほど前なんですけどね、梅田の駅近くにHEPって赤い観覧車あるでしょ。あの辺りでアプリで出会った女の子と待ち合わせしてたんですけど、結局来なくってね、すっぽかされたんです。
夏場やったし、暑い最中、熱中症になりそうなくらいの日差しの中、三十分以上待ったのに、酷いなって頭に来てねえ。なんで来なかったんかって文句のLINE送ったら、既にブロックされとった。
今思い出しても、腹立つ。そいで、もうしゃあないし、でも真っすぐ家に帰る気もなくって、HEP近くの高架下でだらだら飲んだんです。
割とあの辺り未だに昭和が残ってるでしょ。大阪も最近綺麗なチェーン店ばっかりやもん、どこ行っても。個人でやってる、おばちゃんが染みだらけのエプロンで愛想なくやってるような店が好きなんやけどね。
そいで、ええ感じに酔ってきてね、お勘定済ませてぶらぶら歩いてたんやけど、気が付いたらアリバイ横丁におったんです。
あれ、ここ無くなったんと違うかなあ?って思って、でも、普通に人通りもあったし、置いてある土産もんも、くまモンのイラストついてるのとか、ご当地キティとか、ご当地味のハイチュウとか、割と最近っぽい物が置いてあってね。
でも、なんとなく雰囲気が記憶のアリバイ横丁とちょっと違っとってね、売り子のおばちゃんらの顔が生気がないっていうか、みんな一様に暗い。
ここ潰れそうやし売り上げが立たないから、憂鬱そうなんかな、あんな表情してたら余計に売れへんでって思いながら歩いてたら、ふっとなんかねえ、えらいアリバイ横丁、長ないかって気が付いたんです。
阪急はどこや?地上出口探そうと思って、赤いタイル敷きの道を歩いてたら、上に延びる階段が目に入ってね、おお、あっこから地上に出れるなと思ってそこに向かったんです。
で、階段の手すり持って駆け上がったら、階段の踊り場のところにね、顔が真っ黒の子供のホームレスがおってね、足元にベッとつばを吐いたんです。
カメムシと夏場のしょんべんを煮詰めたような、くぅっさい凄い臭いのつば。
もう鼻摘まんで、息止めて、地上目指してだーっと駆け上がってね、外に出たら、なんでか福島におったんです。
東西線の、福島駅の近く。いや、普通にどう考えても梅田から地下道で通じてへんし、行けない場所でしょ。そんで、もう考えるん嫌になってね、その場に座り込んだんです。
したら、さっき階段の踊り場のとこにおった子供がね、駅横の英会話学校の看板に吸い込まれるみたいに、すうーっと消えたんです。
足はあったんやけどね、あれ幽霊か化け物やったんやろうなあ。
もう、長いこと生きてるけどね、あんなわけ分からん体験したん、あれ一回だけ。
アリバイ横丁の幽霊やったんか、それとも昔おったモグラ族の幻影やったんか、理由は不明やけどね。
モグラ族は、梅田の地下街を徘徊しながら住んどった人らでね。昔はようけおったんやけどなあ。
気が付いたら無くなってるもんって多いね。天王寺の青空カラオケとかも消えたし。
今見てる景色も多分、気がついたら消えてるんかなあ。幽霊も自分がもう生きてへんのやって気が付いてへんのやろか。