昨年刊行した拙著『実話奇譚怨色』に「彼岸無線」という題で書いた、某私鉄沿線の駅の続報が佑真さんから届いた。彼は駅員で、仕事仲間から職場の怪異を聴き集めている。
問題の駅は、神奈川県川崎市の西端に位置する行政区にある。開設されたのは七〇年代のことで、土地買収の時点では更地だったが、実はそこは広大な霊園の跡地だった。
元墓地の真ん中に建てられたその駅では、ほぼ毎晩、午前三時になると送られてくるはずのない司令無線が流れるというのが前回の話だ。
今度は白昼に起きた出来事であるとのこと。
この私鉄では、沿線を幾つかの管区に分け、駅を管内を統括する主管駅と主管駅の管轄下にある中間駅に分類している。主管駅では、中間駅に配布物を配ったり売上記録や各種書類を回収したりする係を決め、ラッシュアワーに引っ掛からない日中に巡回を行う。
佑真さんが配置されている管区では、この役目を主管駅の副駅長が負っていた。
ある日、副駅長はいつものように巡回で墓地跡の駅を訪れた。
改札口の横にある駅事務所の扉を開けると、部屋の奥に私服の中年女性がいた。この駅の主任と机を挟んで椅子に座り、瞬きもせずに主任の方を見つめている。
「お疲れさまです」と、主任が席を立って副駅長の方へ来ると、主任を追い掛けて女性の視線もこちらを向いたので、副駅長は女性に向かって軽く会釈をした。
──保険外交員が駅事務所を訪問するのはよくあることだ。保険外交員には女性が多い。
そう考えて頭を下げたのだが、女性は反応しなかった。ひたすら主任を見ているだけだ。
「あの女性は?」と副駅長は小声で主任に訊ねた。「体調不良で休まれてるの?」
貧血で倒れた女性が駅事務所で休むことも珍しくない……と、咄嗟に思ったのだが、主任は怪訝そうに後ろを振り返り、「誰もいませんよ?」と言った。
「え?だってそこに……」
副駅長が指差した先には空の椅子があるばかり。女性の姿は消えていた。
「副駅長によると、この女の人が生きた人間にしか見えず、ずっと主任を目で追いかけていたのが怖かったそうです。また、巡回に訪れたら、事務所いっぱいに無数の顔が浮かんでいたので、驚いて扉を閉めて、すぐまた恐る恐る開けたら、顔たちが消えていたこともあると話されてました。これも真っ昼間のことですよ」と、佑真さんは仰った。