黒瀬病院・黒瀬トンネル(東広島市・呉市) | コワイハナシ47

黒瀬病院・黒瀬トンネル(東広島市・呉市)

大学が夏休みに入ったのを機に実家へ戻り、ダラダラと過ごしていると突然携帯電話が着信音を鳴り響かせた。

「よおトシ。今日って予定あるか?」

特に何もないことを告げると、彼は「丁度よかった」と声を弾ませる。

「実は高速使って広島に向かってるんだわ。アレ行こうぜ、アレ」

嫌な予感がしつつ、改めてアレとは何かを聞き返す。

「心霊スポットだよ。場所はこっちで目星付けてるから、心配しなくていいぞ」

思わず溜息を漏らしながら、誘いを無下にできない私は渋々了承する。

昼前には駅で合流し、食事を摂りながら話を聞く。

「今回向かうのは――黒瀬病院だ」

名前を聞いてもピンと来なかった。初めて聞く名前である。

「東広島市黒瀬にある廃病院だ。正式名称は『正仁クリニック』だが、黒瀬にあるってことから黒瀬病院と呼ばれているらしい」

病院が潰れるというのは結構大事の気がする。理由は何なのだろうか。

「調べたが、さっぱり分からん。噂では院長が治療代を割増していたのがバレて免許剥奪されたとか、経営困難の果てに夜逃げしたとか」

そこで亡くなった患者が、夜な夜な院内を彷徨っているとか?やれやれ……。

「どうした、今回はテンション低いな」

自殺名所や事故現場が心霊スポットというのは、まだ理解できる。死して尚、怨みが晴れなかったり自身が死んだことを理解できないまま現世に留まっているというなら納得だ。けれど病院は?うまく説明できないが――。

「動機が薄い、と?」

そうだね、と頷く。ヤマさんは腕を組み、少し考えた後で言った。

「とりあえず現場に向かってみようぜ。そこで霊に遭遇したら直接聞けばいい」

成程、一理あると思った自分が恥ずかしい。

「言わんとすることは分かるが、それだと学校も同じだよな」

運転しながら、再び心霊スポットの話をする。

「学校で死んだ訳じゃなくても子供の霊が現れるとか、普通に考えておかしいだろ」

確かに、意味合いとしては病院と同じだ。

「俺が思うに、生前に思い入れの強かった場所って『決まり』があるとかさ」

だとすれば入院歴の長かった患者が亡くなった際、一番思い入れの強い場所が病院となる可能性は高い。しかし現場は元々クリニックだったと言う。病院とクリニックの違いは分からないが、多くの患者が亡くなっているとは考えにくい。

「二〇床以上のベッドがあれば病院、それ以下や入院できない医療施設は全てクリニックや診療所に分類されるって聞いたぞ」

人は得体の知れない場所に不気味な存在を作りがちだ。そうすることで自分を納得させたい節があるように思う。

「実際に窓から不気味な影が見えたという目撃情報や、屋上で手を振る女性の霊、廊下から足音が鳴り響いたという噂に、肝試しで探索した者が高熱にうなされたという話もある」

今回は期待薄だなと思いつつ、それでも私は廃墟を見るのが嫌いではないので楽しみにもしていた。

「そろそろ現場に着くぞ」

時間はそれ程経っていないように思える。意外と早かったなと思いつつ窓の外を注視し、私は「え?」と言葉を漏らす。

決まりがある訳ではないが、心霊スポットは本来あまり人が立ち入らないような不気味な場所という認識がある。けれどここは、明らかに住宅街。窓から洗濯物を干している家もあれば、恐らく学生達の通学路にもなっているだろう。

こんな所に廃病院があれば目立って仕方ない。デマを掴まされたのではないかと考えていた次の瞬間――それは現れた。

まるで学校のような白く四角い建物、全ての窓が割られており、入り口はお粗末なバリケードで遮られている。

建物の裏に車を停めて、外へ。民家に囲まれた廃墟は、別の意味で異様な雰囲気を放っていた。

おい、本当にここで間違いないのかと訊ねる。

「こっちへ来てみろ」

歩き出すヤマさんについていき、先程の正面玄関らしき場所まで戻ると彼の言わんとすることが理解できた。

バリケード越しではあるものの、そこには建物に『正二クリ-ック』と書かれている。元々は正仁クリニックだったのが、劣化して文字パーツが抜け落ちたのだろう。

「早速、中を調べようぜ」

確かにウロウロしていたら近隣住民に通報されそうだ。手短に済ませなければ。

「流石に正面から入るのは厳しいが、結構どこからでも入れる感じだな」

確かにフェンスは私の背丈より低く、高台のようになっている所からの侵入は可能と思えた。正直、本気で入らせまいという気持ちが伝わってこない。諦めているのだろうか。

何はともあれ今の私達にとっては都合が良い。フェンスをよじ登り、いよいよ中へ。

建物は二つに分かれており、それを連絡通路で繋げている。

「恐らく外来と病棟で分かれているんだろうな」

割れた窓をくぐれば、病院らしい真っ白な空間が広がる。三階建てで、部屋数は多い。むしろ、建物に対して異様なほど多い気さえした。

それに比べ窓は少なく、外は陽が高いのに薄暗い。まっすぐ続く通路の端々には割れたガラスの破片や消火器が転がっている。火災でもあったのだろうかと思ったが、焦げ跡など一切見受けられないことから、侵入者が窓を割るなどするのに使ったのだろう。

何かを運ぶためと思しきリフトがあったが、棚や機材といった当時の面影を残す物はほとんどない。唯一の違和感は――。

「落書きがないよな」

ヤマさんの言葉に合点する。廃墟には必ずストリートアートを気取った文字や絵が壁に描かれているものだが、それらがない。その一方で窓を破壊し尽くすという過激な一面を覗かせている。

「噂の通り、病院側が不正を行い……怒りの矛先が向けられたとか?」

様々な考察をしつつ、病室内を歩き終えた。適当に色々な場所をヤマさんがカメラで写真に収めつつ、一時間も経たない内に病院を後にした。

「どうだった?何か霊の感じはしたか?」

車に乗り込んだ後、待ち構えていたように訊ねられる。それに対して私は「全く」と首を振る。単純に、何もないといった印象だった。不気味さも廃墟としての切なさもない。

「何だよ、つまりはデマだった訳か」

一概にそうとは限らない。私には感じなかった、それだけの話である。

「一応、保険もかけておいてよかったぜ」

そんなことを言いながら車を発進させるヤマさんに、私は「どういうこと?」と言う。

「実は、もう一箇所心霊スポットがある。黒瀬トンネルだ」

黒瀬トンネル……黒瀬隧道とも言うが、こちらは知っている。むしろ最初に黒瀬病院へ行くと聞かされた際、黒瀬トンネルじゃないのかと思った程。

広島県呉市でも有名な場所で、過去には死者が出たと聞いたが詳しくは知らない。トンネルの傍には墓地やダムがあり、霊が集まりやすいのだとか。

「調べてみると、確かに墓地やダムはあった。トンネル採掘の際には落盤事故が起こり、作業員二名が亡くなっているらしい。慰霊碑がある」

そもそもトンネル自体が景色を急に暗転させ、外界と隔絶されたような感覚に陥りやすい。それは日本神話の黄泉路を連想させて……おや、私は今、何の話をしているんだったっけ……。

「トシ、お前大丈夫か?顔色が悪いぞ」

確かに身体が寒く、頭だけ熱い。

「ここで引き返すか?」と言われ、私は「大丈夫」と答える。その代わり、現場に到着するまで眠らせてほしいとヤマさんに頼んだ。

シートを倒して目を閉じた直後、先程聞いたある言葉を思い出す。

『肝試しで探索した者が高熱にうなされたという話も――』

まさかなと自嘲しつつ、私は眠りに落ちていった。

どれくらいの時間が経ったのだろう。耳元で名前を呼ばれ、覚醒する。

「着いたぞ。体調は大丈夫か?」

ヤマさんに「問題ない」と返し、改めて窓の外を眺めた。辺りは暗くなっており、正面には車のライトに照らされる交通標識と大きな看板。

「黒瀬トンネル、一五〇メートル先……ここで間違いない」

まるで門のようにそびえる看板下には、侵入者を拒むようなブロックが並べられている。

「簡単に乗り越えて進めそうだな。よし、ここからは歩こう」

車を路肩に停め、それぞれ懐中電灯を手にして外へ出る。山や樹々に覆われているのだが、周囲は不気味な程に静かだった。

「うおっ、今なんか向こうで物音がしたぞ」

ヤマさんが怯えた声を出す。こんな場所だ、猪や鹿がいても不思議ではない。

とりあえずまっすぐ進んでいくが、道の端々が草木に浸食されかけている。使わなくなっているのだから当然の話だ。

「……おい、トシ。あれを見てみろ」

横を歩くヤマさんが指差す方向にライトを当てると、ぼんやり白い物体が浮かび上がった。これは……石碑か。

「ええと……『黒瀬随道殉職者之墓』……恐らく亡くなった作業員達の……」

噂は真実だったということになる。私達はとりあえず石碑の前で合掌をして更に奥へ。

「――あったぞ。ここが黒瀬トンネルか……」

入り口をフェンスで塞いでいるが、これまた簡単に上って通れそうだ。近付くとトンネルの向こうから冷気を感じる。

「トンネルの長さは二七六メートルって書かれてあった」

フェンスを越えてトンネル内に光を照らす。次の瞬間、キィキィと甲高い声を立てて数匹の蝙蝠が飛び立っていく。まるでゲームのダンジョンだ。

「外観……どうだ?何か感じたりするか?」

正直に言えば石碑の辺りから薄気味悪さは感じている。背中がビリビリと痺れ、警戒を促していた。けれどここまで来て引き返す訳にもいかない。

思った以上にトンネル内は暗く、もはや暗黒の領域。ヤマさんが周囲を、私が足元を照らしながら少しずつ進む。

「壊れた電飾のようなものや割れた石などが転がっているな……もしかしたら天井が崩れ始めてるんじゃないか?」

生き埋めにされるのは勘弁してほしい。そんなことを思いながらトンネル中央辺りに来た時、突如私の全身に強力な寒気が走った。

それとほぼ同時に隣のヤマさんが「足場が変わったな」と言い始める。

確かに先程までのアスファルトが、急にぬかるんだ泥のようなものに変わっていた。

嫌な予感がした私はヤマさんの腕を掴み、その場に停止させる。

「どうした、何か見つけたのか?」

私が何も言わずに立ち止まっていると――ザリ、ザリと物音が聞こえた。ヤマさんもそれに気付いたのか、喋らなくなってしまう。

震える腕を掴みながら、トンネルの先へライトを当てる。闇で何も映らないはずの奥が、不自然に蠢いている気がした。

距離にして一〇〇メートル程だろうか。不気味な音の感覚は狭まり、少しずつ大きくなっている。身体を膠着させたまま凝視していると、その〈形〉がぼんやりと分かった。

これはヤバいと感じた私は、掴んでいたヤマさんの腕を思いきり三度叩く。事前に作っておいた、逃げる際の合図である。

私が反転して走り出すと、続いて足音がついてきた。ヤマさんに違いない。

ザリザリザリザリザリザリザリッ!

その後方から物凄い速度で近付く怪音。トンネルの反響により四方八方から大勢に囲まれるような感覚がした。前方を光で照らす余裕もなく、ひたすら闇を駆ける。横から腕が伸びてきて捕まるのではないかという恐怖感に襲われながら、とにかく前へ。

全速力でトンネルを抜けた私は安堵しつつ、ヤマさんの様子を確かめるために振り返った。すると次の瞬間――。

闇の中、四つん這いのように身を低くして片手をこちらへ伸ばす男の姿が見えた。

口を大きく開き、助けを乞うような表情をしていたように思う。なぜはっきりとしたことが言えないのかというと……。

私の記憶が、途絶えてしまったからである。

「――トシ、トシ!しっかりしろ、大丈夫か!?」

ヤマさんの声が聞こえ、私は意識を取り戻した。一瞬何がどうなっているのか分からなかったが、聞くと突然両膝をつき、前屈みに倒れ込んだらしい。皮肉にも記憶をなくす瞬間に見た男の姿に似ていた。

ヤマさんの肩を借りながら車へ戻る途中、自分の身に起きた出来事を説明してみる。

「……それがトンネル採掘中に命を亡くしたっていう作業員の霊、か?」

分からない。ヤマさんは見てないのか訊ねると「見ていない」と言う。

「しかし音は聞いた。ザリザリっていう不気味な感じの……あれは這った際に生じる地面の音だった訳か」

正体は分からない。近くにあるとされる墓地の浮遊霊かもしれないし、ダムで自殺を図った霊の怨念かもしれない。けれども私には、助けを求めているように感じられた。

それから数年後、友人の知り合いが黒瀬トンネルに肝試しに向かったらしい。

そのときは入り口のフェンス前にブロックが置かれ、中には入れなくなっていたそうだ。残念に思いつつトンネル周囲を観察すると、ブロックの隙間を発見。ライトを近付けて内部を覗き見ると、暗闇に佇む人の姿があったと言う。

私が見たモノと同じなのだろうか、それとも……。

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