血吸川(岡山県総社市) | コワイハナシ47

血吸川(岡山県総社市)

住職から相談を持ち掛けられ、言われた日時に御自宅へ伺うと先客が来ていた。小学校低学年くらいの男の子と、その母親である。

「トシ、よく来てくれたな。まぁ座って話を聞いてくれ」

私は部屋に入った瞬間、異様な雰囲気に気付いた。何度もお邪魔している居間なのに空気が重く、息苦しい。

その原因は、はっきりしている。『この子供だ』と。

数々の心霊現象を体験したが、別格とも言える圧迫感。隣にいる母親は、よく平気でいられるものだと眉根を寄せる。

「……気付いたか」

住職が囁く。私は微かに頷き「吐きそう」と告げた。

「えー、急な申し出に応じていただきありがとうございます。改めて状況を整理しましょう」

最近体調を崩し、微熱が続いていた住職は大学病院で診てもらうことに。診察も終わり待合室で名前が呼ばれるのを待っていた時――この親子に出会ったという。

住職にはこの時、子供の背後に巨大な男の顔が浮かんでいたらしい。私にはそこまではっきりしたものが分からなかったが、「巨大」というフレーズはイメージで分かる気がした。

只事ではないと思った住職は、自分の身分を明かした上で親子に声をかける。

二人が病院を訪れた理由は、子供の治療だった。二週間程前、子供は友達と外で遊んで戻ってくるなり、左目が痛いと言い出した。

見た目には異常なかったが、あまりにも泣くので病院へ。診断の結果は特に問題ないとのことだったが、念のために点眼薬を貰った。

しかし目の痛みは引かないどころか、白目部分が赤く染まってしまう。二度目の診察を行った際に「結膜下出血ではないか」と言われる。

どうも確証を得ないものの言い方に不安を感じながら病院を去ろうとした時、住職に声をかけられたという経緯らしい。

「少年、君の名前は……」

「…………岸本大悟です……」

住職に声をかけられ、緊張した面持ちで子供は答えた。左目が痛むのか眼帯を触ろうとして、隣の母親から諫められている。

「大悟君。目が痛くなる前、友達とどこで遊んでいたのか教えてくれるか?」

「……総社にある、川の近く……」

「あんた、そんな遠くまで行ってたの?」

自宅からは離れているようで、自転車で遠出した様子だ。

住職は地図を取り出し、場所を割り出す。

「……左目と聞いて予感はしていたが……やはり血吸川か……」

その恐ろしい単語から、母親が目を丸くする。

「い、いえあの……なんですか、その……血吸川というのは」

「お母様は地元の人間ではないのですね」

「え、ええ……主人の出張で去年、和歌山からこちらに……」

「お子さんが怪我をした場所は『忌み地』と呼ばれる場所なのです」

忌み地とは――過去に何らかの穢れが生じ、災害や事故が発生しやすい土地のこと。心霊スポットと一緒に考えそうだが、悪霊の集う場所と悪神の留まる土地ほど違いがある。

「後に『桃太郎』として語られる逸話なのだが――」

かつて、温羅(うら)と呼ばれる鬼がいた。両目は獣のように輝き、髭と髪は炎のように赤く、体躯は四メートルを超える怪力の持ち主。標高約四百メートルの場所に城を築き、貢物や婦女子を略奪しては人々に恐れられていた。

討伐の勅命を受けた『吉備津彦命(きビつひこのみこと)』は温羅との激戦を繰り広げる。命の放った二本の矢のうち一本は温羅の投じた大岩とぶつかり、もう一本は左目を貫いた。

敗北を悟った温羅は自身の姿を鯉に変え川に逃げ込むが、命はそれならばと鵜に姿を変えて温羅を噛み、見事捕縛することに成功する。

その後、温羅は首を刎ねられるが尚も唸り声を上げ続けたため、人々は吉備津神社御釜殿のかまど下に埋葬。けれど温羅は一三年もの間、ずっと唸り続けたという。

「この温羅伝説に纏わる場所はいくつも残されている。温羅が身を置いていた『鬼ノ城(きのじょう)』、吉備津彦命が放った矢を防ぐために温羅が投げたとされる『矢喰宮(やぐいのみや)』、自身が鵜となり温羅に止めをさした『鯉喰神社(こいくいじんじゃ)』、温羅の首を埋めたとされる御釜殿がある『吉備津神社』そして……左目を負傷し、流れた血で赤く染まったというのが……」

大悟君が怪我をした、血吸川……。私が呟くと、住職は静かに頷く。

「そ、そんな!では、どうすればいいんですか!?」

縋る母親に対して住職は「安心してください」と告げる。

「除霊を施します。勿論、代金などは頂きません。ですが――」

ずいと、住職の顔が大悟君に近付く。まっすぐな視線を当てられ、少年は逃げることもできない。

「正直に、全てを話すことが条件だ。少年、君は本当に遊んでいただけなのか?」

「――うう……ううううう……!」

「なぜわざわざ自転車を漕いで、あんな場所まで向かったんだ?」

「ぼく……は……ぼくは……!」

住職は大悟の両肩に手を置く。びくんと跳ね上がる小さな身体。心配そうに見守る母。私は動かず、ただことの成り行きを静観した。

「大丈夫だ、何も恐れることはない。わしが、仏様が、お前を守ってやる」

「――ぅ……うわぁああああああああああん!!」

大悟は涙を流す。住職に抱きしめられながら。

聞けば、同級生グループにイジメを受けていたらしい。転校生ということで初日にチヤホヤされたことをやっかみ、標的にされたようだ。血吸川へ向かったのも、そのグループに追い掛け回されてのことだった。小高い場所から押されて転げ落ち、怪我を負ったと言う。

「あんた、何で……お母さんに黙ってたの!?」

「男の意地だよなぁ。負けを認めたくなかった、そうだろう?」

住職の言葉に、大悟は頷く。

「だがな大悟、母ちゃんに心配をかけちゃ駄目だ。分かるよな?」

「…………ごめんなさい…………」

「……大悟……いいのよ。私も気付いてあげられなくて、ごめんね……」

素直に謝る子供を、母親は抱きしめた。

「よし。んじゃこちらも、気合いを入れて祓わないとなぁ」

パン、と両頬を叩きながら住職が声を上げる。そう、問題はまだ解決していない。

相手は鬼の祟り、そんじょそこらの除霊では太刀打ちできないだろう。話を聞いている最中も、私は何度もこの場から離れたいと思っていた。

「温羅の地を巡り祈祷していく。正直、それでうまくいくかどうか分からん」

堂々と不安になるようなことを言わないでほしい。けれど話を聞いた以上は私も無視などできない。協力は惜しまないつもりである。

「流石トシだ。では早速明日早朝から鬼ノ城へ向かうぞ」

……そういえば話の中で、鬼ノ城は標高約四百メートルの場所にどうとか……。

「よく覚えてるじゃないか。丁度いい機会だ、お前はもっと身体を鍛えたほうがいい」

……本気、なのだろう。長い付き合いだから彼の性格は分かっている。

「何卒、よろしくお願いいたします」

大悟の母に頭を下げられ、私は「……任せてください」と引きつった笑顔で答えた。

これも男の意地、というものだろう。

その後、大悟の目は嘘のように元へ戻ったらしい。お礼にということで高級なピオーネをわざわざ住職の元へ持ってきたそうだ。

大悟をいじめていたグループに関しても、住職が彼等の元へ挨拶回りをしたと言っていた。筋骨隆々の強面おじさんに挨拶されるなど、トラウマでしかないはずだ。

筋肉痛で湿布だらけの足腰を擦りながら、私は住職に訊ねた。本当にこの世に鬼が存在しているのか。

「大袈裟に物事を言っているだけだろう。温羅は国外の戦から日本へ逃げてきた韓人である説が有力と言われている。自らを「百済の王子」と名乗っていたようで、共に乗船していた技術者集団から造船や製鉄の技術をこの地に伝授したのだとか。そのせいで我が国のお上が彼等を脅威と判断し、戦を仕掛けた。黙って殺される訳にもいかないから応戦した結果、命を落とすことになったのだろうなぁ」

無論、それもまた一つの説でしかない。だが、それが事実ならば呪いを込める気持ちも分かる。彼等はただこの地で平穏に過ごしたかっただけなのに。

「大悟君の件もそうだ。転校生という余所者は、攻撃の対象にされることが多い。人は変化を嫌うものだ。変化なくして成長もないというのに」

もしかしたら温羅は、自身と似た境遇の大悟だから憑いたのかもしれない。

不思議な縁を感じながら高級ピオーネに手を伸ばすが、置かれていたのは茎と皮。満足そうな住職の横顔を眺めつつ、私は呪いを込めるのだった。

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